
上手な人と自分との違いはどういうところにあり、どのようにしたらそのようなプレーができるのだろうか、どうしたら効率よく上手な人と同じようにプレーできるのか、疑問に思う方もは多いと思います。どうやら、どのくらい効率よく上達するかは、努力の量だけではないようです。
動き、というのは、脳が外からの情報を受け取り、それをもとに予測を立てたり、体に指示を出して行動を調整する、というプロセスで動いています。上手な人は、このプロセス全体を効率よく扱われているわけです。
つまり、脳の処理の仕方を変えることで成果は大きく変わるのです。努力を単に量に向けるのではなく、この処理の仕方を改善する方向に傾けることで、練習の効率と効果は格段に上がります。
脳の仕組みと動き
脳は、目や耳で得た情報をもとに「次に起こりそうなこと(予測)」を立てます。そして、その予測と実際に起きたことのズレ(=誤差)を見つけると、その誤差が小さくなるように予測を修正したり、動きを少しずつ調整します。
たとえば、サッカーであれば、相手がパスを出す瞬間の動きをもとにどの方向へボールが出るかを予測し、予測が間違ったら何か見落としていた動きや気づいていない動きがなかったか、正しい情報を手に入れることで予測に修正をかけていくことができます。
そして、間違った予測に気づいた、という情報をもとに、体に指示を出してこれまでの動きを修正して、ボールを手に入れる、という未来を実現するように処理を進めている、という仕組みで動いています。
つまり、上手な人というのは、この“情報の認知→予測→情報の認知→誤りの気づき→予測や動きの修正”のループを短時間に何度も回している、ということであり、この処理が同じ時間内にたくさんできる選手ほど修正がたくさんかけられる選手であり、正しく処理できる選手ほど無駄なく余裕が生まれるので、他の処理をすることができる、ということができます。
つまり、この処理を今よりも「短時間でたくさん正確に」できるようになる練習が効率の良い練習であり、効果が高い練習、と言うことができます。
脳は「誤差を修正しようとする」装置である
どのようにすると、この処理を今よりも「短時間でたくさん正確に」できるようになるのでしょうか。
脳の「学習」について、この処理のプロセスにあてはめて考えると、「予測」と「現実」のズレ(=予測誤差)が減っていくプロセスである、ということができます。たとえば、サッカーで最初は相手のシュートスピードに反応できずにタイミングがずれていた選手が、何度も経験を積むうちに「この角度、この足の動きやこの速さでボールが飛んでいたらこのように来る」と、正確に予測できるようになります。最初のうちは大きな誤差が生まれる状態に対して、脳が誤差を検出して修正を繰り返し、誤差が小さくなっていくプロセスが学習であり、その結果として反応や動作が洗練されていくのです。
このように考えると、動きや反応をできるだけ早く洗練させていくような学習をするためには、いかに「誤差」や「誤り」を生み出すか、が大切である、とも考えられます。つまり、「誤差」や「誤り」が生まれることによってそれを修正しようとしてエネルギーが注ぎ込まれるわけなので、「誤差」や「誤り」がなければ、脳は修正をしようとしない、ということが言えます。
“予測と修正のループ”を多く回す
「誤った」「間違った」という体験は、「こうだろう」「こうなるのではないか」という目論見(予測)を立てていて初めて起こります。つまり、チャレンジをしない限り「誤り」の体験はできません。
では、どのようなチャレンジが“良い学習”につながるのでしょうか。“正しいチャレンジ”とは、目の前の一回を使って、誤差の原因を特定するための実験になっているものです。やみくもな反復ではなく、毎回の試行に意味を持たせることで、短時間で予測精度が上がり、修正のチャンスが増えるのです。
やみくもなチャレンジの例(非効率)
- サッカー:相手に正対したまま毎回同じドリブルで突っ込みます(予測を立てず、結果の誤差の理由が分かりません)。
- バスケットボール:ディフェンスの重心を見ずにクロスオーバーだけを連発します(修正ポイントが定まりません)。
- 野球:カウントや配球を読まず、来た球をただ振ります(誤差の原因が「読み」なのか「スイング」なのか判別できません)。
正しいチャレンジの型(効率・効果が高い)
- 小さく予測を立てます(仮説化):相手の利き足が前に出たから内側が空くはず/このカウントなら変化球の確率が高い、など。
- すぐ試します(小さく実行):一歩だけ内側に仕掛ける・タイミングを半拍遅らせて待つ、など。
- 誤差を整理します:
- 認知の問題(見えていなかった・情報不足)
- 予測・判断の問題(読み違い・選択ミス)
- 動作の問題(重心・角度・出力の誤り)
- 修正点をひとつに絞ります:視線→足の向き→間合い、のように順番を決めます。
- すぐ再チャレンジします:同じ仮説で再検証 or 仮説を小さく更新します。
この「予測→実行→誤差の特定→一点修正→再実行」のループを短時間にたくさん回すほど、学習の効率と効果は高まります。
具体パターン
- サッカー1対1:相手の利き足が左と予測→内側へフェイント→止められたら「相手の軸足の向き」を見落としていたと判定→次は軸足外側へアウトで一歩→誤差が減るまで繰り返します。
- バスケットボール:ディフェンスの重心が後ろと予測→ストップ&ゴーで前進→止められたら「間合いが近すぎた」と分類→次は一歩引いてから加速→肩が並べばレイアップ、並ばなければキックアウトに更新します。
- 野球打撃:カウント1-2で外スライダーを予測→外れたら「配球読み」誤差と判定→次は高め速球待ちに更新→スイングが泳いだなら「動作」誤差として間合いと始動タイミングを修正します。
つまり改善が早い人は、一回一回の取り組みに対して、この“予測と修正のループ”を常に回しています。失敗やズレを観察し、仮説を立て、動きを修正し、また観察します。この繰り返しの密度が、練習効果の差として現れるのです。
では、「誤り」「誤差」が出た時にどのように修正をかけていけばよいのでしょうか。今回の記事では、「情報が認知できていない」「予測や判断が間違っていた」ケースについて解説します。(動作については次回解説したいと思います。)
『誤差』『誤り』の修正
予測に対する「誤差」「誤り」が出たときには、「認知」の課題なのか、あるいは「予測」の課題なのかを整理してみましょう。
認知の課題
まず、「誤差」「誤り」を感じた時に、どのように見ていたか、を振り返り、正しく観察ができていたか、何か見落としていることがなかったか、あるいは、思い込みで見ていたり見誤ったことがないか、を振り返ってみましょう。
このように、「見えていなかった」か「見えていたが読み違えた」のか、自分の中で分けて考えてみると、修正のアプローチも変わってきます。たとえば、相手の動きやボールの軌道を観察しているつもりでも、その速さが見抜けていなかったのか、あるいは先入観で「こうだろう」と決めつけていたりするのかで、原因が異なってくるので、次にどのように注意して見るべきかは異なってくるのです。
「誤差」や「誤り」を感じた時に、次のような問いを、自分に投げかけてみてください。
- 自分はそのとき、何を見て、どう判断して動いたのか?
- 相手やボールの動きを、どのタイミングで、どこに注目していたか?あるいは度のタイミングでどこに注目するべきだったか?
- 思い込みで見ていることはなかったか?
- どのように見ていたら、予測を正しく立てることができていたか?
こうした問いを通して、自分の「認知」の質を見直すことができます。認知の課題は、努力や根性で改善するものではありません。自分の注意の向け方や観察の仕方を変えることが必要であり、観察の仕方を変えることで見える情報が変わり、判断の質や動きの精度が大きく変わっていきます。
たとえばバレーボールで、スパイクの予測をするためには相手のトスの位置、ジャンプのタイミング、打点の高さ、スイングの角度、打たれたときのなボールの速さなどを観察する必要があります。これらの要素を見落としていたとしたら、「観察しているつもりで、観察できていない」状態です。
観察の精度が上がれば、予測も精度が上がり、結果として動きの正確さにもつながっていきます。
観察についてはこちらの記事も参考にしてください。
👉️観察で努力と結果が変わる。観察からはじまる上達の循環
予測の課題
予測の課題には、大きく分けて次の3つのケースがあります。
1つ目は、「予測をしていない」ケースです。脳は、「誤差」や「誤り」を感じた時に初めてそれを修正し始めます。ですので、「予測」が行われなければ、「間違えた」という気づきも生まれないので、予測を正しくしようと修正がされていかない、といったことが起きてしまいます。予測をしないことは、ただ反応が遅れたり準備が不十分になるだけではなく、この先の取り組みにも影響してくることになります。
2つ目は、「予測が遅い」ケースです。スポーツは、瞬時に反応・対応をしなければなりません。ですので、予測をしたとしても、そのタイミングが遅いと対応が遅れてしまいます。間違った予測でも構わないので、本来予測をするべきタイミングで予測をしていく必要があります。
3つ目は、「過去の経験を活かせていない」ケースです。過去に立てた予測の誤りを活かして、予測を正しく調整していくことができれば改善されていきますが、過去の誤りを活かすことができなければ、同じようなミスを繰り返してしまうことになります。
これらの予測の課題を振り返るときには、次のような問いを使って自分をチェックしてみましょう:
- 自分はいつ、どのような予測を立てていたか?
- 予測はどれだけ具体的に立てていたか?
- 予測が誤っていたとき、過去に似た経験があったことはあったか?
こうした問いかけを通して、自分の予測プロセスを言語化し、改善のきっかけを得ていきましょう。
まとめ
成長を止める最大の原因は、「間違えたくない」という気持ちです。しかし、脳は誤差を“材料”にしてしか更新できません。脳は予測誤差を材料に進化する装置であることを踏まえると、「予測と修正のループ」をできるだけ多く回すことが、効率の良い練習につながります。誤差を避けるということは、学習の機会そのものを手放しているのと同じなのです。早く上達する人ほど、何度も予測を立て、誤りを重ね、誤差を学びにして修正しています。それは、練習の「質」を高め、限られた時間の中でも成長につながる、真に効率的な努力のあり方といえるでしょう。