メンタルの波に飲まれない選手がしている感情の扱い方

試合中、思わず声を荒げてしまった。うまくいかないプレーにイライラして冷静さを失った。あるいは、負けたあとに落ち込みが続き、次の練習に気持ちが向かない——そんな経験は誰にでもあるのではないでしょうか。

「感情をコントロールしろ」と言われても、簡単にはできないものです。感情は意志の力で押さえ込めるほど単純ではありません。では、どうすれば感情に振り回されず、メンタルを安定させられるのでしょうか。

答えの鍵は、“感情を抑える”のではなく、“整える方法”を身につけることにあります。感情は、無視すべきものではなく、行動の方向を教えてくれるサインです。本記事では、スポーツの現場で最も多い二つの感情——「怒り」と「落胆・失望」——を例に、感情を観察し、冷静さを取り戻すための実践的な感情コントロールの仕組みを紹介します。


感情的になる仕組み ― 脳の防衛反応

感情は、危険を察知して自分を守るための「防衛反応」です。脳の中で最初に反応するのは理性ではなく、“生存本能”を司る領域。だからこそ、感情的になった瞬間に「落ち着け」と言われても難しいのです。

特にスポーツの現場では、努力・競争・評価といった要素が常に隣り合わせにあります。ミスをしたり、思い通りにいかなかったりすると、脳は“自分の価値が脅かされている”と感じ、強い反応を起こします。それが怒りであり、落胆であり、不安です。

この反応を否定する必要はありません。むしろ「自分が本気で向き合っている証」と捉えることで、感情を扱う余地が生まれます。感情は、あなたが何を大切にしているかを教えてくれる“行動の信号”なのです。


怒り ― 理想と現実の「ズレ」を知らせる信号

怒りは、自分が描いた思い通りにいかないときに生じる感情です。相手の態度や結果に対して「理不尽だ」と感じたとき、あるいは自分のミスに「なぜできないんだ」とイライラする。心の奥で「こういう態度で戦うべきだ」「自分はこれくらいできるはずだ」という“理想”と現実のズレが起きています。

怒りの正体:理想が現実とズレたときに生まれる

怒りの本質は、「こうあるべきだ」という理想を自分の中に描いているからこそ生まれる感情です。その理想が現実と一致しないとき、心はズレを感じて強い反応を起こします。たとえば、努力が報われるべきだ、真剣さは理解されるべきだ、自分の実力はもっと評価されるべきだ——そう信じているからこそ、思い通りにいかない場面で怒りとして現れるのです。

よくある誤った対応

  • 我慢して抑える/否定する → 内部でエネルギーが暴発する。
  • 感情のまま発散 → 判断や関係性を壊す。

怒りを押さえ込もうとしても、なかなかそう簡単にいくものではありません。だからこそ、「怒りを抑える」よりも「怒りを整える」ことが大切です。感情を観察し、冷静に扱うことが感情コントロールの第一歩です。

構造的アプローチ(観察→受容→整理→行動)

  1. 観察:まず「いま怒っている」と気づき、深呼吸をして立ち止まる。理想と現実のズレを認識し、その瞬間の身体反応を観察します。
  2. 受容:怒りを否定せず、「そう感じている自分」を受け止めます。感情を悪者にせず、起こっている事実として認めることが落ち着きにつながります。
  3. 整理:理想と現実のズレを明確にし、「今の状況で自分ができること」「コントロールできる範囲」を見極めます。
  4. 行動:整理の中で見つけた“小さな一歩”を実践します。呼吸や姿勢、視線のリセットなど、今ここでの行動に意識を集中させます。

実践例

  • 深呼吸して体の緊張をほぐし、体や道具の感覚に意識を戻して「今ここ」に集中する。
  • 一度立ち止まり、感情の原因となった出来事を客観的に整理し、「自分が今できること」に焦点を切り替える。
  • 「相手」「結果」ではなく、「次の一歩をどう踏み出すか」を簡潔にメモする習慣を持つ。
  • ミスをした直後には、呼吸・姿勢・視線といった“自分で動かせる部分”に意識を戻し、小さな動作から再スタートする。

🔹 まとめ:怒りは理想と現実のズレを教えてくれる信号です。そのズレを観察し、“今・ここ・自分”にコントロールできる領域を取り戻すことで、感情は冷静さと集中力に変わります。


理想と現実のギャップを技術改善に活かす視点はこちら
👉️できないをできるに変える練習法


落胆・失望の正体

落胆は単なる結果への失望ではなく、「こうありたい自分」という自己像が崩れたときに生じます。「自分はもっとできるはず」「これまでの努力が報われるはず」——そう信じていた心の支えが揺らぐのです。また、仲間や指導者との関係の中で期待に応えられなかったと感じるときや、努力の意味や目標の方向が見えなくなったとき、エネルギーは外ではなく内へと閉じていきます。

落胆・失望 「喪失」から立ち上がる力

自己像が崩れたとき、その自己像は自分自身がつくり上げてきたものであることを理解する必要があります。理想化した自分との距離を認め、現実を見据えて何を選び取るかを考えることで、落胆からの再出発がより現実的なものになります。落胆や失望の感情は、外に向かう怒りとは違い、内に沈み込むエネルギーです。

よくある誤った対応

  • 無理に切り替える → 感情が処理されずに残る。
  • 自己否定する → 学びが閉じる。

落胆を押し込めても、後から別の形で出てきます。大切なのは、落胆を“なくす”のではなく、“意味を回復するプロセス”を持つことです。

構造的アプローチ(認める→理解する→再構築する→動き出す)

  1. 認める:「落ち込むのは自然」と自分に許可を出す。感情を否定せずに感じ切ることが回復の第一歩です。
  2. 理解する:どんな自己像や価値観が崩れたのか、どの関係や意味が揺らいだのかを整理します。同時に、その自己像が自分自身でつくり上げた理想であることを認めます。
  3. 再構築する:「理想と現実の間にあるギャップをどう受け止めるか?」を考えます。理想を手放すのではなく、理想を実現するために「現実をどう見誤っていたのか」「何が足りていなかったのか」を具体的に検討し、現実とのギャップを埋めるための改善点を見出します。
  4. 動き出す:「今ここで自分ができる一歩」を小さく設定し、現実の行動に移します。結果や他者の評価ではなく、自分の手で確実に動かせる部分に焦点を戻します。

実践例

  • 試合後、ノートに「何を失ったように感じたか」「それは何を大切にしていたからか」を書き、自己像や価値観の揺らぎを言語化する。
  • 「理想を実現するために、現実をどう見誤っていたのか」「何が足りなかったのか」といった問いを立て、自分にとっての現実的な改善点を検討する。
  • チームメイトやコーチに感情を共有し、“つながり”を回復させることで、孤立感を和らげる。
  • 練習で、「今、自分ができる一つの動き」に集中して体を動かし、現実の行動と手応えの中で再出発の足場を築く。

🔹 まとめ:落胆の本質は、自己像や意味、つながりの一時的な喪失にあります。だからこそ、感情を否定せずに認め、理解し、新しい意味を再構築することで、再び自分の足で立ち上がることができます。焦らず、“今、自分にできること”を重ねることが、落胆からの本当の回復です。


感情を扱う力を鍛える ― 習慣化の構造

感情コントロールとは、「感情を抑える力」ではなく「感情を扱う仕組み」です。怒りや落胆も、観察→受容→整理→行動といったステップを踏むことで、反応が“自分で選べるもの”に変わっていきます。

このプロセスを自分の中に根づかせるためには、感情に気づき・整理し・小さく動く、という流れを日常の中で繰り返すことが大切です。

日常練習でできること

  • 練習中に感情が動いたとき、「今、自分に何が起きたか?」を観察する。
  • 「いま、どんな感情があるか」を言葉にして意識化することで、まずはその感情を受け止める準備が整います。
  • なぜその感情が生まれたのか、何にズレや喪失を感じたのかを整理する。
  • 「では、次に何をするか」を自分の中で明確にし、小さな一手を試してみる。

この一連のプロセスを、ノートに書き出す・人に話す・動作に変換するなど、自分に合った方法で繰り返すことで、感情への対処力は確実に育ちます。


観察についてはこちらの記事も参考にしてください。
👉️観察で努力と結果が変わる。観察からはじまる上達の循環
感情を扱うためには「問い」が大切になります。問いの立て方についてはこちらの記事も参考にしてください。
👉️上達のために鍛えたい“問い”の力


リセット・切り替え法

プレー中や練習中に感情に飲まれそうになったら、「感情を抑えよう」とするよりも、「身体を通じて整える」ほうが現実的で効果的です。

  • 呼吸(とくに吐く息)を整える。
  • ルーティン動作(タオルを握る、ボールをつく)で意識を戻す。
  • 視線や姿勢を変えることで、反応から選択に戻る。

感情を整えるための“動きのスイッチ”を持っておくことが、冷静さを保つ支えになります。


まとめ:感情を整えることが、パフォーマンスを安定させる

感情を整えるとは、「抑える」のではなく「扱う」こと。観察し、受け止め、現実的な理解をもとに行動に移す——このプロセスを繰り返すことで、感情は乱すものではなく、支えるものに変わります。冷静さや集中力は、感情をうまく扱う土台の上に生まれます。


感情についての記事はこちらも参考にしてください。
👉️感情に流されて試合がうまくいかない人のための取り組み方


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👉️緊張を力に変える方法:心より動きに意識を向ける
👉️ミスを味方にするメンタル立て直しの方法
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