75球の全力投球が中学生の体に与える影響|投げ過ぎによる体の変化を分析!

近年、高校野球の一つのトピックスとして「球数問題」が取り上げられることがあります。

未来ある野球選手が高校時代、特に甲子園において無理な連投を強いられ、プロ野球で力を発揮できない、という事例が多発しているからです。

そこで今回は、学生野球選手の保護者、指導者の皆さんに、反復投球が中学生野球選手の身体に与える影響について理解してもらうことを目的とし、研究報告を交えて紹介したいと思います。

実は高校野球だけではない?!球数・連投によるオーバーワーク

高校野球にクローズアップされていますが、実際のところ同じ様な状況が小学生、中学生野球でもみられています。私も肘を壊した選手をたくさんみてきましたが、中には小学生や中学生で手術までしなければいけない選手もいました。

そのように無理をさせられた選手が、

・ポジションを変えなければならない

・大好きな野球が満足にできない

・場合によっては高校野球を諦めてしまう

このようなケースも少なくありません。

このような状況を考えると、高校野球だけ球数制限や登板間隔を設定すれば済むような問題ではないのです。

良い選手が投げる機会が多くなるのは勝利至上主義の弊害

少し考えれば子どもたちに負担をかけ過ぎていることぐらい分かるのですが、なぜ投げさせ過ぎてしまうのでしょうか?それにはいくつかの原因があります。

少子化による選手数の減少、低年齢化

これは特に地方のチームにみられる現象です。

少子化は野球界だけの問題ではなく、日本全体の問題なので簡単な話ではないのですが・・・

1チームだけでは人数が揃わず、他チームと合同チームで大会に出場しているチームも多く見られます。仮にチーム編成できたとしても、人数が少ないため、1人にかかる負担が増えてしまうのは当然です。特に上手な選手はピッチャーやキャッチャーなど主要なポジションに就くことが多く、自ずと負荷もかかってきます。

勝利至上主義による投げさせ過ぎ

もう一つが、指導者の「勝利至上主義」によるものです。もちろん勝つこと、勝利を目指すことは決して悪いことではありません。むしろ、勝ちを目指すなかで大きな成長を得ることも事実です。

ただ、小学生のうちからそこにとらわれてしまうと良くありません。なぜなら、勝利にこだわり過ぎると良い選手を使い過ぎるからです。エースを投げさせたほうが勝つ確率が高くなるのは分かります。

しかし、良い球を投げられるエースでも身体はまだまだ未熟な小学生。投げさせ過ぎが故障を招くことは容易に想像できると思います。

中学生野球選手は75球の投球でどのような変化が出るのか?

ここまで小・中学生の投げ過ぎ問題について述べてきました。

実際に球数を重ねるとどのような影響が出てくるのか、研究データを元にご紹介します。

「投げ過ぎは危ない」ということを本当の意味で理解いただけたら幸いです。

“吉本真純氏らは、中学校硬式野球チームに所属する投手29名に、75球の全力投球を行わせ、投球前と投球後の身体機能を測定した。”

その結果を以下にまとめました。

・投球肩の内旋可動域の低下

・投球方向とは反対方向への体幹回旋角度の減少

・非投球側の腓腹筋柔軟性の低下

少し難しい言葉が並びますね。

これらの結果を一つ一つ解説してみましょう。

肩の内旋可動域低下により怪我の誘発と球質の低下が起こる

肩は上下や左右方向だけでなく、回旋という捻りの動きを伴います。この回旋の動きは投げる動作において非常に重要となります。

ピッチングの前半部分では「外旋」の動きが伴い力を溜めるように働き、そこから腕を振りおろす時に「内旋」の動きを伴うのです。

この時、肩に体重の1.5倍の引っ張る力がかかると言われていますが、その引っ張る力は肩の後方にある筋肉によって制御されています。

繰り返しのピッチングによりその筋肉に負荷が蓄積されると、柔軟性の低下が生じます。そうすると、腕を振り下ろす方向である「内旋」の可動域が狭くなり、フォロースルーがしっかりとれなくなり、良い球が投げられなくなるのです。

投球方向とは反対方向への体幹回旋角度の減少

ピッチングの動作では、ホームベース方向に向かって体幹の回旋が起こります。右投げなら左方向への回旋、左投げなら右方向への回旋です。ピッチングを繰り返すことで、右ピッチャーの場合、左回旋に必要な左の内腹斜筋と右の外腹斜筋に負担がかかり、筋肉の柔軟性が低下します。

その反動として反対方向である右回旋の動きがかたくなり、左右不均等の状態となってしまいます。そうすると、腰椎に負荷がかかり、腰痛を引き起こすことも考えられるのです。

非投球側の腓腹筋柔軟性低下

ステップ側の腓腹筋の柔軟性も低下することが分かりました。腓腹筋は、ふくらはぎにある筋肉でヒラメ筋と合わせて下腿三頭筋と呼ばれ、歩く時の重心のコントロールや、ジャンプ動作などで重要な働きをします。

ピッチャーはマウンドという少し高い丘のような形状のところから投げます。

その時に、傾斜に対してステップした足を固定することで体が安定し、スムーズな重心移動が行えるのです。この時に必要な筋肉が腓腹筋になります。この腓腹筋が疲労により機能低下が起こると、前方への重心移動の妨げとなり、下肢から体幹、上肢へとスムーズに力を伝えられず、上肢に頼った投げ方になってしまうのです。

以上のように、75球程度のピッチングにより体の各部位に影響を及ぼすことが分かりました。

より未成熟な小学生選手であればもっと大きな変化が現れることも予測できます。

では、私たち大人はどのような対策をとればいいのでしょうか?

選手たちを守るために推奨されている球数は?

そんな未来豊かな選手たちを守るために、各方面から球数について提言がなされてきました。

それを紹介したいと思います。

日本臨床スポーツ医学会の提言

日本のスポーツ医学の権威が揃う臨床スポーツ医学会では以下のように提言されています。

・小学生は一日の全力投球50球以内、週200球以内

・中学生は一日の全力投球70球以内、週350球以内

・高校生は一日の全力投球100球以内、週500球以内

さらに、小・中学生にはシーズンオフを設け、肩・肘を休めるとともに野球以外のスポーツも楽しむことも推奨しています。

野球の本場アメリカでは?

USA Baseball Medical & Safety Advisory Committeeは13〜14歳の1試合の最多投球数を75球が望ましいとしています。

また、アメリカのドクターやトレーナーが作成した「Pitch Smart」というガイドラインがあり、各年齢ごとに細かく設定しています。

詳細な説明は割愛させていただきますが、以下の項目が挙げられています。

・一日の最大投球数

・休息期間(球数により変動)

・年間の投球可能イニング数

・2〜3ヶ月の連続したノースローの期間を作る

記載されている項目はまだまだありますが、かなり細かく設定されているのが分かります。

さすが、野球の本場アメリカですね。

肩や肘は消耗品とされていますので、球数だけでなく、回復に必要な期間も設定されているのには驚きました。

変化が起こりやすい部分にはセルフケアが必要

球数を制限する以外にも必要なことがあります。それは、動きが悪くなった部位に対するセルフケアです。方法は本やネットなどに数多く紹介されているため、ここでは割愛させていただきますが、考え方が重要となります。

柔軟性が低下し可動域が悪くなるということは、その分力が伝わる効率が悪くなることを意味します。ピッチング動作にしても、動く範囲が狭くなるとそれだけ力を生み出す能力も落ちてしまうのです。狭い動きで同じ様な力の球を投げようとすると、無理をしなければなりません。その無理が積み重なって怪我へとつながるのです。

セルフチェックで体のどの部分がかたくなっているか確認し、セルフケアによりその可動域や機能を戻す。

これらを繰り返し行っていく必要があります。

それが怪我の予防にもなりますし、パフォーマンスの向上にもつながります。しっかり自分の体と向き合う時間を作ってあげましょう。

まとめ

今回は、75球の反復ピッチングにより中学生の体がどのように変化するのか、さらには青少年野球選手の怪我防止のためにどのような対策がとられているのか紹介しました。

怪我で野球の道を諦めなければならない、満足に野球ができない、上のステップに挑戦できない、そんな選手を少しでも減らしていけたらと願わずにはいられません。

以下に本日の内容をまとめております。

・高校野球だけでなく、小学生、中学生野球においても投げ過ぎは深刻な問題である。

・少子化問題や勝利至上主義により能力のある子どもが無理をさせられる傾向にある。

・75球の反復ピッチングにより、中学生選手の肩や体幹、下肢の可動域が低下することが分かった。

・発展途上の選手たちの未来を守るために、球数制限などの提言がなされている。

・怪我の予防やパフォーマンス向上のためには、ピッチングによりどの部分に負荷がかかるのか理解し、セルフチェック、セルフケアを徹底することが重要である。

参考文献

吉本 真純ら,中学生野球選手における75球の反復投球が関節可動域、筋柔軟性に与える影響,理学療法科学,35(2),2020,p153-157

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です