上達の近道は遠回りに見える——小さな結果を積む理由

新しい動きを身につけようとすると、以前のプログラム(無意識のやり方)でうまくいくように体も考え方も組み立てられているため、最初は崩れるのが普通です。だからこそ、試合の勝敗やミスといった“大きな結果”で良し悪しを決めない。練習では「小さな結果」を確かめながら、確実に新しいプログラムを育てていきましょう。

ここで言う「プログラム」とは、コンピュータではなく体の中の自動運転のことです。同じ動きをくり返すと、体の感覚とセットで脳と神経に“やり方”が記録されます。これが運動プログラム。練習の本質は、このプログラムを直す/作り直すことです。作り直すには、ただ量を増やすのではなく、新しいやり方でくり返すことが必要です。

詳しくはこちら→動きは脳で育つ:神経系の変化が導く“上達の原理”


なぜ「大きな結果」で測ると失敗に見えるの?

大きな結果(勝敗・球速・安定)は、力の使い方・タイミング・見る力・判断といったいくつもの要素が合わさって決まります。
何かを変えようとする時、最初は新しいやり方が不安定で、他の要素もそろっていないので、全体としては崩れてしまい、これまでのほうがうまくいく、という体験が起こります。ここで「失敗だ」と思って元に戻すと、プログラムの書き換えが止まってしまいます。


「小さな結果」で確認するってどういうこと?

狙った変化に対して、その場で直結して起きる手応えを見ることです。
例えば、「手首の力みを減らす」というテーマで取り組んでいるとしたら、手首の力みを減らすことで起きる体の変化や感覚のみに意識を向け、ミスや成功・失敗、といった結果は気にしないようにしましょう。

こうしたミスや成功・失敗は、自分では気にしないようにしているつもりでも、実は無意識のうちに失敗を避けようとしていたりするものです。自分自身の取り組みや心を観察しながら取り組んでみましょう。


進め方:小さな結果で積み上げる4ステップ

1) 目標を最小化する

「何を変えるか」を一点にしぼりましょう(例:手首の力みだけ)。
その変化で何が起きればOKかを明確に決めて起きましょう(例:「素振りでヘッドが自然に加速する感覚」)。

2) 他の要素をできるだけ除く

目標を定めたら、その目標だけに注意を向けられるような練習を考え、他の要素が入りこまないように工夫して、取り組んだこととその結果がはっきりと確かめられる(「やった→こう変わった」がはっきりする設定)ような練習をしましょう。。コツは、できるだけ簡単な状況を作ることです。例えば、素振りから取り組む、遅い動きで練習する、といった工夫をしましょう。

3) 難易度を工夫する

練習に取り組みながら、練習の難しさを調整しましょう。もしも、成功や失敗が気になってしまってテーマとなっていることの意識が十分にできていないと感じたら、練習を工夫してできるだけ気にしないで済むような練習としましょう。また、練習が難しく、テーマとなっていること以外の要素を気にしなければいけないときも同様です。

4) 「できた」はスタートライン

1回できたらゴールではありません。3回→5回→10回と連続成功を増やし、無意識でも出る段階まで育てます。体の中のプログラムを書き換えている、と意識して、自動的に体ができるようになるまで繰り返しましょう。


よくある落とし穴と対策

落とし穴1:結果を急ぎすぎる(すぐに勝敗や球速で判定)
何が起きる? 新しいやり方が安定する前に全体評価をすると、うまくいかない→元のやり方に戻るのくり返しになりやすい。
どう直す? 練習中は「狙った変化」+「直後の手応え」だけを見る。全体評価は段階が進んでからとしましょう。

競技例(野球・打撃)
ねらい:手打ちをやめて、下半身→体幹でバットを走らせる
小さな結果:ティーで「芯に当たる音+下半身から体幹への動きの連動を感じる」
やり方:ティー打ち(コース固定)→フロントトス(ゆっくり)→球速↑の順。飛距離や打球速度(大きな結果)は見ないで、音と連動の感覚だけ確認。
ケース:ティーで音と回転がそろってきた直後に「もっと飛ばそう」と球速を急に上げ、評価を飛距離に切り替えて腕で強く振り始める→音が鈍くなり連動しているかがわからなくなり、手打ちに逆戻り。


落とし穴2:「できた/できない」が曖昧なまま進める
何が起きる? 「なんとなく良かった気がする」で終わり、定着しない。試合で再現できない。
どう直す? 「できた」「できていない」が、自分の中でまずは明確になるようにしてみましょう。「できている」状態がどういう状態かを明らかにしてください。

競技例(バスケットボール・シュート)
ねらい:肘が外に広がらないリリースを作る
小さな結果:シュート後のフォームで確認、1〜2mの近距離でボール回転が一定、外す時は正面に短く外れる
やり方:近距離・定点でのフォームシュート→距離を伸ばしてフォームシュート→キャッチ&シュート→相手がいる状況でのフォームシュート
ケース:「入ればOK」と考えて取り組み、シュート後のフォーム確認や回転や外れ方の基準を確認せずに進めてしまう。


落とし穴3:難しすぎる練習で“できない”を強化してしまう
何が起きる? 旧いクセ(旧プログラム)でしか対処できず、新しいやり方が体に入らない。
どう直す? まずは「できる」ように練習を設定しましょう。できてきたら「少しむずかしい」練習で取り組み、もしも少しむずかしい状態で「できていない」と感じたら、また練習を少し易しくしましょう。
例:空振りで振り抜く(できた)→ 止まった球(できた) → ゆっくり来る球(できない) → 止まった球とゆっくりの球を交互に実践

競技例(テニス・ストローク)
ねらい:手首の力みを減らし、ラケットを走らせる
小さな結果:ラケットヘッドが自然に走る感覚を感じ、それを使いながら打てる
やり方:素振り→トス球(超スロー)→スロー球(コース固定)→球速↑→判断あり(2択)の順で一段ずつレベルアップ
ケース:素振り・トス球では手応えが出たので、ラリー練習に取り組み、手首で合わせ始めてしまい、できているかできていないかもわからなくなったが、そのまま練習をくり返してしまう。


落とし穴4:旧いクセが勝手に出てくる
何が起きる? 気づくと前と同じ動きに戻っている。
どう直す? 「どうくり返すか」を重視して一回一回ていねいに取り組みましょう。毎回、狙いに注意を合わせて正しい形で反復します(雑に回数だけ増やさない)。

競技例(サッカー・ファーストタッチ)
ねらい:「止めるだけ」から前へ置くタッチへ
小さな結果:ボールを受けるときの勢いを観察し、前方30〜50cmに置ける
やり方:足元にマーカーを置き、壁パス→ワンタッチで前に置く→ローラーの緩パス→パス速度↑→対人の軽プレッシャー。毎回ボールを置いた位置を目で確認して、前に置けたかだけ判定。
ケース:対人の軽プレッシャーが入ると、相手に意識が向いてボールの勢いが観察できずに足元に止め直すクセが出て、前方マーカーを越えられない→前に置けずに次の一歩が遅れる。


落とし穴5:緊張するとできない
何が起きる? 練習ではできるようになっても、試合では元の動きに戻る。
どう直す? 練習でできるようになってきた動きを、試合での緊張した状況でも取り組めるようにできるように、練習中に条件を設定して(●球連続入れる等)取り組み、その中でも培った動きができるように取り組みましょう。

競技例(バレーボール・サーブ)
ねらい:同じ位置・高さのトスで打点を安定
小さな結果:左手を高く残すようにして、トス位置が毎回同じ&5本連続で指定ゾーンに入る
やり方:トスだけ→軽く当てる→フルスイング(コース固定)。その後、連続成功ルールを設定(例:5本連続入ったら次へ/外したらゼロに戻る)で軽いプレッシャーをかける。
ケース:練習ではできているとき、できていないときがある状態で試合に臨み、試合の終盤で緊張して左手が高く残らず、トスが低く体寄りに戻ってしまう。


落とし穴6:試合でできなくなる
何が起きる? 試合は外の情報に意識が向きやすく、自分の動きに意識をなかなか向けられないので、定着していない動きはできません。
どう直す? 無意識でもできる段階まで練習で取り組みましょう。

競技例(卓球・バックブロック)
ねらい:体の前で面角度を固定して当て返す
小さな結果:同一コースで弾道とコースが安定して返球
やり方:マシンで同一コース→打ってもらう球のスピードや回転量をあげる→ランダムに出してもらう中で安定して返球する→ラリー
ケース:マシンではできるようになっていたがラリーではできるようになっておらず、試合に出たが、元の動きに戻ってしまった→練習でラリーでも無意識でできるようになるまで取り組む


その場で使えるミニ・チェックリスト

  • 今日のねらい・テーマは?
  • ねらいの手応えは?
  • 手応えが無い時→いまの練習の条件をもっと優しくするには?
  • 手応えがある時→そのまま継続する?少しむずかしくする?次に足す条件は?(速さ、判断、プレッシャー等)

まとめ

大きな結果で合否を出さない。小さな結果を積む。
遠回りに見えて、これがいちばんの近道です。連続成功と条件追加で質を高めれば、“できた”はやがて“本当に使える”に変わります。


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