「頑張っているのに、なぜかうまくいかない」「ちゃんと練習しているのに、成果が出ない」
多くの競技者が抱えるこの悩みは、練習の効率や効果が思うように現れていないことから生まれます。練習の目的は「できるようになること」ですが、ただ回数をこなすだけでは、効率的に成果へと結びつくとは限りません。では、「できるようになる」ために、しかもできるだけ効率よく「できる」を実現するために、どのようにすればよいのか、ここでは、動きの改善を効率よく効果的に行うために、脳と体の仕組みをふまえながら、「動きが変わるとはどういうことか」を解き明かしていきます。
🧠 脳は予測する──でも動きが伴わなければ成果にならない
脳は、目や耳などから得た情報をもとに、「次に何が起こるか(予測)」を立てます。
たとえばスポーツにおいて「予測」というと、「相手がこう動くだろう」ということだと捉えられますが、「自分がこれから行う動き」についてもどのような動きを作るのか、脳は予測を立てています。前者は外的な予測(外の状況に対する予測)、後者は内的な予測(自分の動作の予測)です。
脳は、これらの予測、いわば自分が思い描いた未来を実現するために体に動きの指示を出します。そして、もしもその指示の結果、思い描いたものと違った未来が実現されるようなズレ(=誤差)があった場合は、その誤差の情報をもとにさらに予測や動きを修正し、ズレが小さくなるよう調整していきます。
練習の効率が落ちる一つの要因は、正しく情報が得られていない『認知』の課題や、情報が得られていたとしてもそれに基づいて思い描いた外的な予測や内的な予測がずれているケースです(詳細は別記事をご参照ください)。
もう一つの要因は、思い描いた未来を実現しようと体に指示を出しても、身体の動きのプログラム自体が適切でなかったり、動きが思い通りにいかない場合です。これは、体の使い方や力の伝え方の習得がまだ十分でないことが原因です。脳が思い描いたとおりにスムーズに体を動かすには、その動きを実現するための神経の伝達経路が確立される必要があり、そのためには「やりたい動き」を的確に再現できるような練習が必要です。効率の良い練習とは、そうした神経の通り道を早く、正確に作っていくための取り組みなのです。
そして「やりたい動き」を実現するためには、
- どう動かすか、という意図を明確にして、体に伝えること
- 以前の癖や古い動きのパターンを上書きして、新しい動きがどのようなものか体が理解できるようにすること
が必要となり、さらにその正しい動きや実現したい動きをスムーズに体が再現できるようにするためには、
- できたかどうかの判断を明確にしたうえで、
- 自分の動きが正しくできたかどうかを観察しながら取り組み、動きが誤っていたときには修正をかけながら取り組む
必要があります。
🧠 新しい動きを覚えるとは──“通っていない道”をつくること
新しい動きを覚えるためには、まずその動きを“体験する”必要があります。「新しい動きができない」「どう動かせばいいか分からない」と感じるのは、それが難しい動きだからではなく、脳の中にその動きを通す回路(シナプス経路)がまだ形成されていないからです。
そして、これまでにない新しい動きを体験するためには、体のどこをどう動かすか、という意図が明確になることが、新しい動きを習得するための最初の一歩です。もしこの意図が曖昧だと、脳はこれまでに慣れた動きである(古いプログラム)を優先してしまいます。だからこそ、「こう動かしたい」という具体的な動きのイメージを持ち、それを丁寧に体に届ける必要があります。この体験を通じて、脳内ではシナプスの通り道が少しずつつくられ、新たな動きを実現できる土台が整っていきます。
🪜 実現したい動きをできるようにする2つのアプローチ
① 簡単な状況で実行してみる
例えばスピードや強度を下げたり、時間をゆっくりにしたりして、成功しやすい状況で「新しい動き」を実行してみます。
これは、新しい動きを覚える際に「どう動かすか」という意図を体に正確に伝え、脳内にある運動プログラムを書き換える必要があるからです。特に、まだシナプスのつながりができていない動きの場合、脳はその動きに関する十分な指示を出せず、身体もどう動かせばよいのかがわかりません。
そこで、動きをゆっくりにしたり、小さな範囲に限定したりすることで、その部分の力のかかり方や動かし方に集中できるようにします。これにより、まだ通っていないシナプスの経路を開き、新しい動きの感覚を丁寧に構築することができます。
逆に、いきなり複雑な動きやに難しい状況に取り組んでしまうと、脳も身体も全体をぼんやりとしか捉えられず、正確に動きを行うことが困難になります。そのため、「できた」という感覚を積み重ねながら誤差修正ループを回し、成功体験を通じて脳と身体のプログラムを更新していくことが大切です。
- ゆっくり実践してみる
- 動かす場所を限定して反復する
- 簡単な条件にして試してみる
②あえて枠を外す
一方で、「どう動かすか」は、どうしてもこれまでの自分の経験や体験の範囲にしばられやすいので、これまでにやったことのある動きの範囲でしか取り組みがしにくい、という部分があります。
そのため、意図的に「普段の動きのパターン」から外れた動作を試し、ときに「こうあるべき」と思っていた前提を手放すことが必要です。たとえば、「こんなふうに振ったらラケットは走らないはず」「こんなに力を抜いたらコントロールできない」といった思い込みが、実は古い動きのパターンを強化してしまっていることもあります。
まずはそれらの前提を一度脇に置いて、新しいやり方でやってみましょう。そうすることで、初めて身体が「実はこう動かせるのかもしれない」と可能性を感じ、新たな通り道をつくる準備が整いはじめるのです。これは、古いプログラムを一度「崩す」ような働きかけになり、身体の反応や感覚にズレを与えることで、脳が「これはこれまでとは違う」と気づきやすくなります。
- 誇張したフォームでやってみる
- 遊び半分で動きを試してみる
こうした方法を試すことで、「新しい動きの体験」を脳と身体の両方にインプットしやすくなります。結果として、新しい動きのイメージや体感が明確になり、より自然にその動作を選べるようになる足がかりになります。少しでも動きの感覚がわかってきたなら、それはすでに何らかの回路がつながり始めている証拠です。
「正しくできたかどうか」を確認しながら、動きを再現できるようにする
「新しい動き」「実現したい動き」がどのようなものかおぼろげながら見えてきたら、次はそれをスムーズに再現できる状態に近づけていく段階に入ります。
この時に避けたいのは、結果が出ないことへの不安から、古いプログラムに戻ってしまうことです。結果が求められるスポーツにおいては、「入らない」「勝てない」という事態に直面すると、慣れ親しんだ古い動きに戻してしまいます。そうすると、結局古い神経回路ばかりが強化され、新しい動きが定着しないままになってしまいます。
重要なのは、「正しい動きがまだできていないから結果が出ない」という状態を恐れず、その状態にとどまるようにすることです。私たちの脳は、動きの誤差やズレ、違和感を感じた時に、それを修正するように働いていきます。そのように考えると、「入る」という結果が出たとき、脳はそれに対して修正しようと働きはじめません。けれど、「入らない」という結果が出れば、それを「入れる」ために修正しようと働きはじめるのです。そのために、一回一回の取り組みにおいて、「実現したい動きかどうか」をていねいに観察しながら取り組みましょう。
①小さい動きで確実に「通す」経験を重ねる
速く・強く動かすと、動きが粗くなり、ズレや違和感を確認しにくくなり、これまでのプログラムが動いてしまいます。
動きを細かく感じ取るには「ゆっくり」「小さく」が基本です。そのうえで、正しい動きができているか、どこかに余分な力が入っていないか、違和感がないかを確認していきます。意識的に新しい回路を通すような取り組みを行い、理想の動きをきちんと再現する体験を繰り返し反復することが、新しい動きの定着に向けた最初のステップになります。
②違いが観察できるように難易度をあげる
動きを一気に完成させようとして、練習を難しくしたり、動きを早く大きくすると、これまでのプログラムが動いてしまいます。
段階的に獲得することで、確実に定着させることができるので、少しずつ動きを早く大きくしていきましょう。毎回の動きに対して「合っていたか?」「違和感はなかったか?」を問い直しながら取り組むことで、自分の状態を正しく理解することができます。1回1回の動作のあとに、違和感・ズレ・再現性などを振り返り、自分の感覚にズレがあった場合は、それを次のトライに活かすようにします。「何も考えずに数だけこなす」のではなく、「感じながら行う」ことが前提となります。自動的にやるのではなく、意識を伴った反復によってこそ、動作の質は高まります。
もしも、なかなかできないことが多かったり、あるいは観察ができていないことが多かったら、練習を工夫して、動きを小さくしたりゆっくりにして、あくまでも「新しい動きができているか」「できているかの観察ができている」ことを大切にしながら取り組みましょう。こうした観察と修正を繰り返しながら、動きの精度と再現性を高めていくプロセスこそが、脳にとって自然で効率的な「学習」なのです。
「問いを立てる力が動きのズレを発見する鍵となります。
👉️上達のために鍛えたい“問い”の力
まとめ
「自分はこう動きたいのに、実際の動きがうまく変わらない」という状況では、練習の効率と効果を高める工夫が求められます。そのためには、自分が思い描いている動きと現実の動きとのズレを繊細に感じ取り、少しずつそのギャップを埋めていくような練習設計が必要です。単にイメージを持つだけではなく、そのイメージ通りに体が動けるようにするための具体的な取り組みが、上達への近道になります。こうしたプロセスを地道に積み重ねることで、動きの質が少しずつ変わっていきます。それが結果として練習の効率や効果を大きく左右していくのです。
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