ゲームで練習はできるのに本番でできない──練習を本番で通用させるには

そもそも「練習ではできる」を考える

「練習ではできるのに」と言うとき、私たちはたいてい、“できた時”のことを思い出しています。

けれど、トレモで10回中7回決まる技は、裏を返せば、3回は外す技でもあります。「できる」と一言で言っても、「常に出来る」のか、「できない時もある」のか、はその完成度が異なってきます。うまくいった時の記憶だけを取り出して「これはできる」と思っていると、本番でつい期待を込めて選んでしまいますが、期待の分だけうまくいかないと、気持ちが大きく揺れ、立て直せないまま、次も崩れていくことになります。

まずは、「この技は、決まる時もあれば、外す時もある」と認めるだけでよいのだと思います。それだけで、外れたときの受け止めが変わってきます。想定していた失敗は、気持ちを大きくは揺らさないからです。自分の手札を“いい時”だけで見るのをやめる。これが、崩れない試合運びの、最初の一歩になります。

本番でミスが出るのは、意識が「結果」に向いているから

もう一つ、本番と練習には、大きな違いがあります。それは、意識の向き先です。

プレッシャーのかかった場面で、私たちの頭の中は、たいてい「ミスしたくない」「負けたくない」でいっぱいになります。これは、まだ起きていない“結果”——つまり未来のほうに、意識が向いている状態です。未来に気を取られるほど、いま目の前の操作や、観るべきものが、おろそかになっていきます。

こうした時、「落ち着け」と自分に言い聞かせたくなりますが、心は面白いもので、落ち着こうと考えれば考えるほど、落ち着いていない自分がクローズアップされていきます。

では、どうすればよいのでしょうか。こうした時に提案したいのは、今すぐできる目の前のこと、自分がコントロールできるものに、意識を向けることです。操作や、観る対象、次の選択、「相手のゲージを観る」「この距離を保つ」でも構いません。今この瞬間にできる、具体的なことを一つ決めてみましょう。そこに意識を置いていると、不思議なことに、心のほうが後から静かになっていきます。

こうすることで、意識の“向き先”を、未来(結果)から、今できることへ戻すことができます。これも訓練が必要ではありますが、誰でも、今この瞬間から始められます。

本番は、「できること」の中で戦う

試合で崩れるときによく見受けられるのが、劣勢で焦り、「一発逆転」を狙って、まだ安定していない大技に手を出してしまうことです。流れが悪くなると、「何かを変えなきゃ」という気持ちや、「これさえ入れば」という期待が、つい先に立ちます。決まれば大きいけれど、外せば致命傷となります。追い込まれた時ほど、人はこの“分の悪い賭け”を選びがちです。そして、いちばんもったいないのは、そうして自滅して、これまで積み上げてきた“確実な選択肢”を、出しきれないまま終わってしまうことではないでしょうか。優位に立っていたのに攻めすぎて崩れる、格上の相手に無理をして自分から転ぶ——本当は、その無理さえなければ勝てていた場面が、少なくないように思います。

ですから本番は、これまでどのくらいできるようになってきたかを試す場である、と捉えて、「できないことを、無理に使わない」と決めておくことだと思います。安定して出せる手の中からプレーを組み立てるだけでも、余計なミスは、ずいぶん減っていきます。本番は、できないことを試す場ではなく、できることを出し切る場だと考えてみてはどうでしょうか。まだ不安定な一手は、練習のほうで、こつこつ育てておけばよいのだと思います。

それでも、「ここは勝負したい」という場面は、やってきます。そのときに大切なのは、雰囲気や勢いで手を出すのではなく、「このプレーは、外すとどれくらい痛いのか」「もし外したら、次にどう立て直すのか」まで、あらかじめ分かったうえで選ぶことだと思います。決まれば大きい手と、小さくとも確実な手を、一度だけ天秤にかけてみる。そして、使うと決めたなら、うまくいかなかった時の対応まで、セットで持っておく。そこまで用意できていれば、同じ勝負でも、崩れ方がまったく違ってきます。

もちろん、リスクを避けるだけでは、負けにくくはなっても、勝ちきることはできません。だからこそ、“できること”の中で、相手が嫌がる手や、自分が優位に立てる手を選んで、工夫していきます。派手な大技に頼らなくても、確実に出せる手を、相手の嫌がる場所やタイミングで重ねていく。こうした「こういう時は、こうする」という自分なりの決めごとを、練習のうちに一つ二つ持っておくと、プレッシャーの中でも迷いが減っていきます。そして迷いが減るほど、意識はまた、今できることへと戻りやすくなるのです。

一度できたくらいでは、まだ「途中」

最後に、心構えを一つ。練習で一度できたからといって、それが「できる」になったわけではありません。

意識すればできる段階と、意識しなくても出てくる段階は、まったくの別物です。運動学習の研究者リチャード・シュミットも、技術は意識的な段階から、無意識に出せる段階へと、少しずつ身についていくと述べています。本番の緊張と情報量の中で、考えなくても手が動くところまで来て、はじめて「使える技術」になっていきます。ですから「練習ではできたのに」という言葉が出たときは、自分を責めるサインではなく、「まだ途中にいる」という、現在地を教えてくれるサインなのだと思います。

焦らなくて大丈夫です。“いい時だけ”で自分を見るのをやめ、本番では意識を今できることへ戻し、できることの中で戦う。この積み重ねが、これまで越えられなかった壁の先へ、少しずつあなたを運んでくれるはずです。

参考

  • リチャード・A・シュミット『運動学習とパフォーマンス:理論から実践へ』大修館書店(Amazon
  • 藤田一照『現代「只管打坐」講義』佼成出版社(Amazon

「本番で意識を今に戻す、その一つのきっかけが、自分にとって具体的に何なのかを、一緒に見つけてほしい」と感じた方もいるかもしれません。

「じょうたつの学校」は、フィジカルスポーツからe-sportsまで、競技や年代を問わず、選手とその保護者、指導者の方に向けた個別のスポーツコーチングサービスです。一人ひとりの状況をうかがいながら、本番で意識を向ける“今できること”を一つ決め、それが自然に出せるようになるまで伴走していきます。競技を問わず使える上達の地図を手に入れることで、競技生活以外の場面でも、感情のコントロールや目標達成の方法、周りに流されずに自分のやるべきことに集中して取り組むことへとつながっていきます。

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