ゲームが上達しないのはなぜ?──個別の課題をつぶす前に「ゲーム上達の地図」を

「センスがない」で止まると、次の練習につながらない

ゲームの上達が止まったとき、よく耳にする言葉があります。「センスがない」「反応速度が遅い」「地頭の問題」「もっと数をこなせ」「エイムを鍛えろ」。

これらは、間違ってはいません。実際に起きていることを、ある程度は言い当てています。けれど、ここで止まってしまうと、次の練習にはつながりにくいのです。「反応を速くしろ」と言われた人は撃ち合いの数を増やし、「エイムを鍛えろ」と言われた人はエイム練習ソフトの時間を増やします。それでも、伸びる人と伸び悩む人の差は、ほとんど縮まっていきません。

なぜでしょうか。それは、今の課題につながっている本当の原因が解決されていないからです。たとえば、エイムをどれだけ速くしても、相手がどこから来るかを観ていなければ、その一発は出せません。試合数を増やしても、毎試合「何を改善するか」が決まっていなければ、同じ負け方を繰り返すだけです。熟達研究で知られる心理学者アンダース・エリクソンも、ただ長時間取り組むだけでは熟達は進まず、「何を観察し、何を直すか」が明確な練習だけが質を上げると指摘しています。

特に身体スポーツと異なって、e-sportsは、「状況をどれだけ正しく理解・判断できるか」と「そこで選べる手の幅と質」に大きく左右されます。前者を支えるのが、同じ画面から一瞬で読み取る量としての観察、後者を広げ・高めるのが知識(フレームデータ・マッチアップ)と、自分と相手の強み・弱みの見立てです。

多くの人は、「観察なら自分もしている」と感じるかもしれません。しかし、つい相手との距離や今の状況を正しく観察せずに、「いけるだろう」という期待を持って選択しているケースや、あるいは、劣勢に追い込まれた時に無理やり形勢逆転をしようとして状況を正しく判断せずに大技に頼って逆にミスにつながるようなことはないでしょうか。同じ状況においても、上級者は、敵の位置と人数、スキルが今使えるか、自分が今どれだけ不利か、次にどこから誰が来るか—といった細かい状況を正しく読み取り、それぞれの手立てにおいてどのようなリスクがあり、どのような期待ができるのかを冷徹に判断して、次の一手を決めています。見ている時間は同じでも、そこから取り出している情報の量と、その先の判断の確かさは、桁が違うのです。

そして、観えていない人ほど「自分は観えている」と感じやすいことです。観えていないものは、観えていないことにすら気づけないからです。「気づいたら死んでいた」「なぜやられたのか分からない」——もしそういう負け方に覚えがあるなら、それは反応が遅いのではなく、その場面で読み取るべきものを、そもそも観ていなかったサインかもしれません。「センスがある」と呼ばれている人の正体は、生まれつきの何かというより、この観察と判断・選択の蓄積であることが多いのです。だからこそ、上達を「観察・判断・選択」という単位に分解できると、止まっている場所が見えてきます。

ばらばらの課題を一本の線にする「ゲーム上達の地図」

ゲームでやっていることの構造は、案外シンプルです。相手・キャラ・画面という「自分の外の世界」に対して、自分が操作で対応し、自分に有利な状況を作ろうとしているわけですが、いくつかの層に分けて捉えると、ばらばらに見えた課題が一本の線でつながり始めます。

ゲームではコントローラーを操作して自分の不利を有利に変えていきます。エイム、コンボ、キャラコンは、身体スポーツで言えば「体の使い方」に当たります。操作を行う手前にあるのは、知覚――観る、読む、選択する――という過程です。これらの過程を経て、私たちは画面から必要な情報を取り込み、次を予測し、一手を選んでいます。それらを行う時の支えになるのが知識の層で、フレームデータ、リスポーン、マッチアップ、メタなどといった知識を覚えることで、的確に判断していくことができます。さらには、これらを踏まえて、自分の強み弱み、相手の強み弱みを考え、リスクとリターンを天秤にかけて判断をしていくことで、的確な状況判断を可能にするのが戦術判断の層です。さらにこれら全体に作用するのがメンタルの層で、焦りや苛立ち、不安と向き合いながら実力を発揮することが求められます。そして、これらすべてを伸ばしていくために日々の練習に対する取り組み方――観察し、課題を見つけ、問いかけ、小さくてもしっかりと改善をしていく姿勢と方法が求められます。

このように整理していくと、エイムが甘いのは操作の課題ですし、撃ち合う相手を見落とすのは知覚の課題、確定反撃を取りこぼすのは知識の課題といったかたちで、同じ「負け」でも、様々な原因があることがわかります。

各層は積み上がっている――どこで止まっているか

これらの層は、独立して別々に存在しているわけではありません。

操作が自動化されていないと、注意すべきことが操作に向き、画面を観る余裕が生まれません。そのため、操作の自動化は、観察(知覚)の前提条件になります。逆に、知識は観察の加速や観察の深化を促します。「この技は反撃が確定する」と知っているからこそ、その瞬間に気づいたり、意図が理解できます。戦術判断は、どれだけ操作・知覚・知識があるかを前提に行うことになり、メンタルは積み上げられたものがどれだけ発揮できるかが問われてきます。

そして、努力したり、時間を注ぎ込んでいるのになかなか改善されない時は、本当の原因の層に取り組めていない可能性があります。失敗やミス、課題として表に見えていても、実はその原因は違う部分に存在している可能性があります。そうした時、どれだけ表に見えている部分に取り組んでも、本当の原因は残されたままなので改善がされません。しかし、地図全体と、各層のつながりを見ながら、原因を探す姿勢を持つことで、本当の原因にたどり着くことが可能になるのです。

原因を探す3つの視点――操作・知覚・意図

では、一つひとつの課題に対してどうしたら本当の原因を探せるのか。手がかりになるのが、「操作・知覚・意図」の3つの視点で振り返ることです。

操作は、狙った動きを手が出せたか。知覚は、その状況を正しく認識できていたか。意図は、そもそも何を狙っていたか。たとえば技を空振りしたとき、「手が遅れた(操作)」のか、「相手が下がり始めたのを見落とした(知覚)」のか、「とにかく当てたい、が強すぎた(意図)」のか。原因の層が違えば、直す場所も変わります。

特に見落とされやすいのが、意図が知覚を歪めるという関係です。「この技を決めたい」と強く思いすぎると、状況が微妙に変わっているのに気づけず、無理に振ってしまう。意図は動きの方向を決める大切なものですが、強くなりすぎると視野を狭め、観るべきものを観させなくします。だから、一手の失敗を「下手だった」で終えず、操作・知覚・意図のどこがずれたのかで分けてみる。これが、地図の上で自分の現在地を読む基本動作になります。

本当の原因はもっと手前にあることが多い

もっとも、止まっている層が見えても、そこが本当の原因とは限りません。表に出た「負け」の原因は、たいてい、もっと手前に潜んでいます。だから、ミスの瞬間だけを切り取らず、「それができるには、何が必要か」を一段ずつ手前へ遡っていきます。

たとえば「撃ち合いで負ける」。「撃ち合いに勝つには何が必要か」と問えば「相手より先に、相手を見つけていること」。「では、先に見つけるには」と問えば「どこから来そうかを、撃ち合いが起きる前に予測しておくこと」。「では、予測するには」と問えば「直前に、音や人数や盤面の情報を観ておくこと」。——こう遡ると、本当の原因は「エイム(操作)」ではなく、「撃ち合いが始まる前の観察」だった、と見えてきます。ここでエイム練習をいくら足しても、いつまでも同じ負け方をするわけです。

そして、立てた見立てが正しいかを点検します。同じ負けを長く繰り返しているなら、たいてい見立てが違う(もう一段、手前へ遡り直す)。取り組んでも変化を感じないなら、見立てがあいまい(「いつ・どこで・どのように」まで具体になっているか)。そして「これに取り組めば、本当に勝てるようになるか?」と問い直し、義務感で作った”それっぽい説明”や、課題の言い換えになっていないかを確かめる。この”遡って探し、点検する”作業こそが、地図の上で現在地を正しく読むための芯になります。

知覚と知識をどう育てるか――ゲーム上達の「太い部分」

ゲームにおいては「一瞬で読み取れる量である『知覚』」と「知識」によって勝敗が左右されます。

知覚は、自然にプレイしているだけでは育ちにくい一方で、加速はできます。リプレイを判断の直前で止めて「次に相手は何をする?」と先に答えてから再生する、似ているのに結果が違う2場面を並べて違いを言葉にする、見つけた構図に名前を付ける、振り返りを行う、こうした工夫で、実戦では1試合に数回しか来ない学習機会を、一気に高密度にできます。知識については、学習科学でもっとも裏付けの固い領域で、覚え方に大きな効率差が出ます。網羅しようとせず「負け1つ=知識1つ回収」。眺めるより思い出すテスト、読んだら一度手を動かす。負けた直後に確認した知識は、感情のタグがついて定着が段違いです。

それぞれの具体的なやり方は、各層を掘り下げる記事で扱います。ここで大事なのは、「観察を加速する」と「知識を覚える」が、上達の地図の中でとりわけ太い二本の幹だと知っておくことです。

戦術判断は「強み・弱み」と「優位の状態」で決まる

観る・読む・選択するは上達の手順ですが、選択の判断をどのように行っているか、によって勝負は変わってきます。

自分の得意な距離・技・構成・エイムの型は何か。逆に、苦しくなる状況は何か。相手は何が得意で、何を嫌がるのか。これを見極めたうえで、自分の強みが活きる場所――自分の土俵――に局面を持ち込み、相手の強みが出る土俵は避ける。これが、勝ちやすいかみ合わせを作るということです。そして、強みと弱みには役割分担があります。本番は強みで戦い、練習で弱みを訓練して土俵を広げる。一面的な強さは読まれて潰されるので、弱みを減らしておくことが、結果として強みを通りやすくします。

そしてもう一つ、選択を駆動しているのが、「いま自分はどれだけ有利か、不利か」という優位の状態判断です。優位は、ぼんやり「有利・不利」で捉えるのではなく、三つに分けると観て確かめられます。数的優位(その局面で、人数や使えるリソース――弾・ゲージ・スキルの回りなど――が相手を上回っているか)、位置的優位(相手が対応しづらい“場所”を取れているか――マップの要所や有利なポジション、格闘ゲームなら相手に画面端を背負わせる・間合いの主導権を握るなど)、質的優位(このかみ合わせ=マッチアップで自分が上回っているか)。この三つで「いま、どの優位なら取れそうか」を観て、リスクとリターンの天秤で一手を選びます。大事なのは、一気に大きな優位を作ろうとせず、小さく作り続けることです。少し優位に立ったときほど油断して観察が雑になり、せっかくの優位を手放しがちなので、優位に立ったときこそ、さらに広げるように動き続けます。

ここでも「考え方のクセ」が顔を出します。慎重な人は相手を正しく見ないまま「やられそうだ」と引いてしまい、期待しやすい人は自分を過信して無理に攻める。自分・相手・状況を冷静に、正しく見られることが、確かな選択の土台になります。

課題練習はできるのに、本番でできない

ゲームの上達でつまずきやすいのが、「練習ではできるのに、本番では同じ負け方をする」という現象です。実は、練習ではできている、と感じていても、それが本番で通用するかどうかはもう少し振り返る必要があります。

練習ではたいてい、その場面が来ることをあらかじめ想定し、気づける準備をしたうえで取り組んでいます。けれど本番では、その場面や課題が、いつ来るか分からない状態です。「来ると分かっているから対応できる」だけでは、本番の「いつ来るか分からない」状態に対して、対応できるようにするには、まだ訓練が必要かもしれません。

そして、本番では、課題のこと以外にも、考えるべきことがたくさんあります。勝負の緊迫感やプレッシャー、相手との優劣の状況――そうしたものを抱えながら、同じ対応を出せる必要があります。練習で課題だけに集中して出せていたことも、こうした要素が重なると臨機応変な対応ができなくなります。

実際、こんな声があります。ある人は「空振りしないように」とだけ練習していました。けれど本番では空振りが止まらない。そこで「自分はどういう時に空振りをしているのか」を具体的に見ていくことで、空振りをする時に向いている注意の方向が見えてきました。そして似た状況を作り出して練習し直したら、空振りは自然と減っていった――。漠然と「しない」を目指す練習から、起きている場面を具体的に再現する練習へ。この差が、本番で出るかどうかを分けます。

このように、練習ではできているものを本番で通用するようにしていくものにするためにさらに積み重ねをすることで、これまでの課題が克服されたパフォーマンスを発揮することができます。一度できたくらいでは、まだ「定着の途中」。そう捉えておくだけでも、同じ壁でくじけにくくなります。

心が乱れるとき、何が起きているのか

心が乱れているとき、私たちの意識は、たいてい「今」から離れています。過去のミスへの後悔、これからどうなるかという不安や恐れ、そして「自分はこれだけできるはずだ」という期待と、実際とのズレ、あるいはを見たくない現実から避けたい、という気持ちが動きや判断に影響しているのです。

本番でうまくプレーができないと、「メンタルが弱いのが課題だ」と考えて、心そのものを整えようとしがちですが、メンタルに目を向けるほど、かえってその乱れが大きく見えてきます。感情は、抑え込もうとするほど、声を大きくして自分を主張してきます。心を直接コントロールしよう、おさえようとすると、たいてい逆効果になります。

もしも、どんなに心が乱れていても、動きと判断さえいつも通りにできれば、パフォーマンスは同じように出せると思いませんか。そのように考えると、目を向けるべきは、乱れた心のほうではなく、いま自分がフォーカスすべきことは、具体的な、「観察すること」であったり「動き」や「判断」となります。そして面白いもので、具体的な事柄へ意識を向けて集中していると、感情の声は、いつのまにか小さくなっていくのです。そう考えると、焦りや恐れは、消すべき邪魔ものではなく、「自分のいま、何が乱れているのか」を知らせてくれるサインとして扱うことができます。

全体を理解したうえで、各部を掘り下げる

地図が一枚あると、練習の組み立て方が変わります。「地図の全体像を理解したうえで、何が(操作・知覚・知識・戦術・メンタル)」本当の課題なのか」を見極める。そのうえで、課題を小さなステップに分けて訓練することで、着実に改善を実感していくことができます。

課題に取り組んでいると、ついすぐに結果が出ることを求めてしまったり、あるいはミスやエラーが気になって違う課題に取り組んでしまって結局元の課題がきちんと解決されなくなりがちです。全体を理解したうえで取り組み、ブレずに掘り下げて課題を一つずつきちんと改善していくことで、きちんと改善を積み重ねることができ、変化を実感していきます。

「ゲームが上達しない」と感じたとき、まず自分に問い直したいのは、「今の自分は、地図のどこで止まっているか」という点です。次のプレイで、どの層の何を観るのかを一つだけ決めてみてください。「撃ち合う前に、相手がどこから来そうかを一度観る」でも、「技を振る前に、相手の距離を一度観る」でも構いません。一つ決めて、リプレイで確かめる。地図を手に入れた上達は、そこから始まります。

参考

  • アンダース・エリクソン/ロバート・プール『超一流になるのは才能か努力か?』文藝春秋(Amazon
  • リチャード・A・シュミット『運動学習とパフォーマンス:理論から実践へ』大修館書店(Amazon
  • 松尾睦『職場が生きる 人が育つ 「経験学習」入門』ダイヤモンド社(Amazon
  • ジョッシュ・ウェイツキン『習得への情熱―チェスから武術へ―』吉田俊太郎訳、みすず書房(Amazon

ここまで読んで、「地図という見方はわかったけれど、自分(あるいはわが子)にとって、いま観るべき対象が具体的に何なのかは、まだ霧の中だ」と感じた方もいるかもしれません。攻略情報や、強い人の動画は、いくらでも手に入ります。けれど、「上達の構造」そのものを一緒に描いてくれる場は、意外と多くありません。

「じょうたつの学校」は、フィジカルスポーツからe-sportsまで、競技や年代を問わず、選手とその保護者、指導者の方に向けた個別のスポーツコーチングサービスです。一人ひとりの状況をうかがいながら、まずはいま観る対象を一つ決め、それが頭の中に住みつくまで伴走していきます。競技を問わず使える上達の地図を手に入れることで、競技生活以外の場面でも、感情のコントロールや目標達成の方法、周りに流されずに自分のやるべきことに集中して取り組むことへとつながっていきます。

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