
運動が苦手で、走るのも遅かったのですが、小さい頃から親の影響でテニスを始め、少しずつ試合に出るようになりましたが、なかなか勝てませんでした。いとも簡単に鋭いボールを打つ選手を見て、うらやましいと思ったことも一度や二度ではなく、他の人が簡単にできることもできないことが多々ありました。
その一方で、実力が伴っていないのにプライドだけは高いことが影響して、試合の時にはガチガチに緊張し、負けた時に心が傷つかないように言い訳ばかり考えている、そんなでした。
それでも、テニスを続け、どうすれば勝てるのか、どうしたら体がうまく動くのか、どうしたら心を整えてプレーができるのか。そうした問いを抱えながら、試行錯誤が続きました。
フォームを意識して整えようとしても、ボールや動きの質に変化が生まれない。メンタルの本を読んで心を整えようとしても、肝心な場面では焦りや不安に心が揺れる。うまくいかないことばかりでした。
そんな中でも粘り強く取り組んでいるうちに、少しずつ気づきが訪れました。
例えば、とにかくボールを強く打ちたいと思い、力の限りひっぱたいても、ボールは全然飛ばなかったのに、もうあきらめて「適当でいいや」とだらだらと振り回すようにやってみると、まったく力は使っていないのにボールが飛ぶような体験がありました。
このような体験を通して少しずつ確かになっていったことは、体や心を無理やり操作しようとすることでは、本質的な変化は生まれない、ということです。たとえば、「力を伝えるには、力を入れるべきだ」という捉え方と体の動かし方はつながっているので、「力を伝えるのに力を入れる必要は無い」と心から思えなければ、動きに変化は生まれません。自分との向き合い方、物事の捉え方、あり方そのものが変わっていくなかに、本当の意味での上達がある、ということを理解していきました。
運動上達の要素
運動を上達する時に、指導者との相性ということは言われます。もちろん、それは事実の一面で、指導者との出会いによって、大きく変化を遂げるケースがあります。
一方で、上達を阻んでいる原因を探している中で気づいたことは、上達できない原因は、相性という偶然性によって初めて見つかるようなものではないのではないか、ということです。誰が見ても、ある人の体がうまく動かない原因や課題は、本質的には決まっているはずです。相性によって変わるのは、その原因へのアプローチの仕方であり、原因そのものではないと考えるようになりました。
人間の体の構造は、基本的に誰でも同じです。もちろん体格や身長は人によって異なりますが、骨の数や仕組みは共通しています。そして、重力も等しくすべての人間に働いています。運動は本質的に力学的な営みです。物体に力が加わり、それが方向と大きさを持って伝わる。その原理は、誰の体であっても変わりません。合理的でない動きや精度を欠く動きがあるとすれば、必ずそこには力学的な原因があります。その原因は、指導者が誰であるかによって変わるものではなく、体の使い方そのものの中に決まっているはずです。
こうした原理原則が共通であるならば、スポーツで力を発揮するために必要な要素にも、競技に関わらず、共通の骨格があるはずです。
私はそれを、4つの層で整理しています。
技——自分の身体そのものの使い方。立ち方、構え、力の流れ、連動。これが土台になります。
間合い——相手、ボール、空間といった「自分の外の世界」の変化に対して、距離・タイミング・位置取りを調整すること。技は、この間合いの中でこそ発揮されます。
戦略・戦術——技と間合いを前提に、状況を読み、最善の選択を導くこと。どんな技術も、戦略なしには生きません。
取り組み方(あり方×方法)——これら3つの層すべてを支える土台です。うまくいかないときにどう向き合うか、課題をどう捉えるか。この層が整っているほど、他のすべてが安定して育っていきます。
わかることとできること
ただ、ここで重要なことがあります。
この構造がわかり、自分がうまくいかない原因がわかることと、それが改善し、できるようになることは、まったく別のことです。
では、どうしたらできるようになるのか。そして、できるようにならない時間も、粘り強くどうしたら取り組み続けられるのか。
では、どうしたらできるようになるのか——その答えを、脳科学、仏教、東洋思想、バイオメカニクス、心理学、哲学と、分野を問わず探し、実践する中で、観察すること、問うことを通して、今の自分を理解し、スモールステップで改善していくことが、できるようになるための最短の近道であり、誰もが上達していくことができると確信を得ています。
副次的に得たもの
こうして上達の道を歩み、実際に変化を感じていく中で得たものは、技術的な成長だけにとどまりませんでした。自分の体や感覚、考えを観察し続けていると、自然に「他者と比べてどうか」という視点が薄れていきました。勝負の世界には、勝ったときの喜びと同時に、負けたときの苦しさがあります。そしてその苦しさの多くは、他者との比較から生まれてくるものです。
けれども、自分と向き合うことを通じて得られるのは、別種の喜びでした。新しい感覚との出会い、昨日の自分とは違う動きができた瞬間の驚き。他者との比較ではなく、自分を発見することの喜び。それは、勝利とか結果とかいうものとは、まったく別次元のものでした。
「こういう感覚があったのか」という驚きと喜びが、次への問いを生み出す。その問いが、また新しい発見につながっていく。
スポーツを通して学んできたけれど、これはテニスやスポーツに限った話ではないとも感じています。世の中においては、スポーツと同じように、優劣・上下・多寡といった比較で物事を見ることが多いように思います。しかし、自分と丁寧に向き合い、観察し、問い続けるなかで得られる変化の喜びは、競技を問わず、スポーツを超えて、あらゆる場面に通じているのではないかと。上達の構造は、生きることの構造とどこかでつながっている——そんな感覚が、今も問いの根っこにあります。
この問いを、伝えたい
自分が苦しかったから、同じような苦しみを持っている人に伝えたいと思っています。
うまくいかない理由がわからない。がんばっているのに変わらない。そういう苦しさの中にいる人に、「上達には構造がある」ということを。そして、その構造を理解して、一歩一歩観察しながら歩んでいくなかに、勝ち負けとは別の喜びがある、ということを。
まだわからないことも、たくさんあります。頭と心と体がどうつながっているのか。体が先に動くのか、脳が先なのか。どうしたらもっと簡単にプログラムを修正できるのか。
それでも、関わる方々と一緒に歩んでいく中で、確かな手応えを感じることがあります。うまくいかなかった動きが変わる瞬間、長い間解けなかった問いに光が差す瞬間——そうした変化を目の当たりにするたびに、この問いの道は間違っていないと思えるのです。
それでも、問い続けることをやめるつもりはありません。
現在はGrowth-Laboを通じて、上達に悩む方の問いを一緒に整理し、上達サポートアプリPractasでその実践を支える仕組みを作っています。「うまくいかない理由がわからない」という状態から、一歩踏み出すためのご相談も受けています。
また、こうした問いをより体系的に学びたい方のために、じょうたつの学校という場も作りました。上達の構造を理解し、観察・問い・分解という学び方そのものを身につけていく、オンラインのプログラムです。
この問いに、一緒に向き合っていただけたら、うれしいです。
幹玄(kangen)
Growth-Labo 主宰 / Practas 開発者
この論考で触れた「上達の4層構造」の詳細は、スポーツ上達の地図:迷わず成長するための仕組みの理解で解説しています。
投稿者プロフィール

- 探究実践者・スポーツ指導者
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幹玄(Kangen)
探究実践者・スポーツ指導者。合同会社wakka代表。
「なぜ努力しても変わらないのか」——この問いを出発点に、20年以上にわたりスポーツ現場・教育現場で「変化の構造」と向き合ってきた。バイオメカニクス・脳神経科学・仏教哲学を統合した独自の指導論をもとに、AI・対話・構造化された問いを組み合わせた成長支援を実践している。
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【幹玄(かんげん)】
探究実践者・スポーツ指導者 「なぜ努力しても変わらないのか」を問い続けて20年以上。バイオメカニクス・脳神経科学・仏教哲学を統合した指導論で、スポーツ現場と教育現場の両方に関わっている。

