
「集中が切れた」「気が抜けた」では、次の失点は防げない
失点後の連続失点について、よく「集中が切れた」「気が抜けた」「ショックを引きずった」ために、「集中する」「気を引き締める」という声を耳にします。どれも、その瞬間の選手たちが感じた課題に対して向き合っているように感じますが、この言葉だけを受け取って次の試合に向かっていることを少し考えてみる必要があるかもしれません。なぜなら、これらの言葉は、何をどう変えればいいのかを具体的に指していないからです。
「集中しろ」と言われた選手は、声を大きく出したり、手を叩いたり、味方の背中を叩いたりして鼓舞します。気持ちは引き締まる。けれど、ピッチで起きていることに対する観察や集中度の質が変わらず、次のミスにつながってしまうかもしれません。「集中しろ」という言葉を見つめ直すと、何に・どう集中すればいいのかを指していないことに気がつきます。向ける先が定まらない「集中」は、行き場を失って、かえって注意を散らばらせてしまい、むしろ過去のミスが気になって、目の前で集中すべきことを深く観られない、ということにつながってしまいます。集中しろという指示が、皮肉にも注意を散漫にしてしまうことがあるのです。
ここで起きているのは、「集中の不足」ではなく、失点という出来事によって、それまで選手たちの頭の中にあった「予測の地図」に対する信頼が揺らぎ、これまでのやり方で正しいのかどうか、を信じることができなくなっているということです。
熟達研究で知られるアンダース・エリクソンは、優れた専門家は頭の中に「メンタルモデル」と呼ばれる予測の地図を持っていて、それが瞬時の選択を支えていると指摘しています。サッカーの試合の最中、選手たちは「相手はおそらくこうくる」「次はこのスペースが危ない」「あの選手にはこう寄せる」といった予測を、無数に頭の中に積み上げながらプレーしている。
ところが、失点という出来事は、その地図に対する信頼を揺らがせます。「あれ、何がいけなかったんだろう」「自分のマークだったか」「次は守備の並びをどうする」――こうした思考が走ったその瞬間、それまで積み上げてきた予測は、いったん端に追いやられ、再開のホイッスルが鳴っても、頭の中の地図がぼんやりしたままになってしまいます。そうすると声は出ていても、観察や注意がぼんやりとなり、このすきが、もう一点を呼び込んでしまうのです。
失点直後、頭の中の予測はいったんリセットされる
失点直後の数分、特に再開からの最初の30秒をていねいに振り返るために、観る→読む→選択するの順で、もう一度整理してみましょう。(三層の枠組み自体はこちらで詳しく扱っています)。
まず観る段階で何が起きているか。本来であれば、選手たちは試合の流れのなかで、相手の選手の位置、味方の体力、相手が嫌がっていそうな場面、自分たちが優勢に運べていたスペースを、絶えず観ています。これらは「観る」の蓄積です。
ところが失点した直後、選手たちは同じように見てはいても、その意識は強く内側を向きます。自分のミスはどこだったか、誰のせいか、ベンチはどう見ているか。視線は外を見ていても、頭は自分の中をぐるぐるしていることになります。
次に読むの段階で起きていることを見ていきます。読みは、観たもののうえに乗ってきます。観ているものが薄くなれば、当然、読みも薄くなる。「次に相手はどう来るか」を読むはずの時間に、頭の中では「さっきはどうすればよかったか」が回り続けてしまいます。前を向いて立っていても、頭の時間軸は後ろを向いてしまうことになります。
そして選択するの段階。これは観たものと読んだものを根拠に、いま自分が取れる手の中から一つを選ぶ作業です。土台になる観察と読みが薄いと、選択は考えに基づいたものではなく、その時の感情に流されて行われます。「ボールが来たから蹴る」「相手が来たから下がる」。試合の前半まで考えながらできていた選択が、急に勘頼りになってしまいます。
ここで「集中しろ」と声をかけても、状況はほとんど変わりません。なぜなら、選手たちも集中しようということは理解していても、具体的にどのように集中すべきかが明らかでないからです。観察する対象を整理し、決め直して、頭の中の地図を更新する手がかりにすることで集中する対象を明確にすることができます。
たとえば「最初の3本のパスで、相手のプレスはどこから来るか」を観る。「再開直後、相手のフォワードは前残りか戻ったか」を観る。「失点したサイドと逆サイドの相手は、これからどう動こうとしているか」を観る。何でも構いません。観る対象を具体的に決めて、その対象について丁寧に観察しましょう。
これは「集中しろ」よりもずっと小さな指示です。けれど、頭の中の予測を再構築するきっかけとしては、こちらのほうがはるかに具体的です。「気を引き締める」ではなく、「いま、これを観る」といった動作のレベルまで降りた指示になることで、具体的に変化を起こしていくことができます。
一人が観始めると、チームの予測が立ち上がり直す
ここまでは個人の内面の話でした。そして、失点直後のこうした変化がチーム全員に同時に起きています。
センターバックは失点したシーンの守備陣形を悔やみ、ボランチは中盤のプレスの強度を悔やみ、サイドハーフは戻り遅れを悔やむ。みんなが自分の中を向いている。誰一人として、新しい予測の地図を書き始めていない。再開のホイッスルが鳴った瞬間、ピッチ上には11人いますが、共有された予測の地図は、いったんゼロに近い状態になっています。
だからこそ、観る対象を決め直して声がけをしていくことで、メンバーの注意の方向が正しいほうへ促され、チームの予測は驚くほど早く立ち上がり直します。
たとえばボランチの選手が、再開直後の相手の最初のパスコースを観ながら、「右サイドから来そうだ」と声に出す。それを聞いたサイドバックは、右サイドのケアを早めに始める。センターバックは、自分の前のスペースをどう絞るかを考え直す。一人の観察の更新が、全員の地図を少しずつ書き直していく。
逆に、全員の意識が内側を向いたまま、声だけが上がっている状態では、地図は書き直されません。「集中、集中!」という声は、聞こえはよくても、観る対象が具体化されていません。
こうした観察の習慣は、頭の中にすぐ住みつくものではありません。最初は監督やコーチに「失点した直後、何を観た?」と問われて気づく段階から始まります。そうした体験や、失点した後に意識が具体的にできていなかった経験を経るなかで、そうした状況の中でも意識を立て直し、「いま、何を観るか」と問えるようになり、最後には、問わなくても自然に、観る対象が浮かんでくるようになります。
常に高いパフォーマンスを発揮する選手を、私たちは「メンタルが強い」「動じない」と感じます。うまくいかないことが起きると、誰でも注意は乱れ、正しく観察できなくなり、予測も狂います。動じないように見える選手も、心が乱れていないわけではありません。乱れたその場所・その時こそ、注意をもう一度、観るべき正しい方向へ向け続けようとしているのです。それが結果として、正しく観て、正しく対応する振る舞いにつながり、「メンタルが強い」と見えてくるのです。
経験学習を研究してきた中原淳氏も、経験から学ぶには、経験を振り返るリフレクションの設計が欠かせないと指摘しています。失点したシーンを試合のあとに振り返るとき、「気が抜けていた」「集中していなかった」で片付けてしまうと、振り返りはそこで止まります。けれど、「失点直後の3分間、自分は何を観ていたか」を問い直すと、振り返りは具体的な観察の話に降り、次の試合で観る対象が明確になってきます。
「失点直後にもう一点もらいやすい」と感じたとき、まず自分に問い直したいのは、「失点した直後の自分は、何に注意を向け直すべきか」という一点です。気を引き締めるという内面の調整ではなく、観る対象という外側の指示まで降ろしましょう。
そうしたことを積み重ね、またその取り組みを振り返って、注意を向ける対象の精度をあげていきましょう。メンタルの強さは、そうした小さな積み重ねの先にあるように思います。
参考
- アンダース・エリクソン/ロバート・プール『超一流になるのは才能か努力か?』文藝春秋(Amazon)
- 中原淳『経験学習入門』ダイヤモンド社 ※ASIN要確認
ここまで読んで、「失点直後に予測がリセットされるという話はわかったけれど、自分の子(あるいは自分自身)が、その数分間に観るべき対象を、どう決めたらよいのか」と感じた方もいるかもしれません。
「じょうたつの学校」は、中高生の選手と、その保護者の方に向けた個別のスポーツコーチングサービスです。一人ひとりの試合映像をもとに、失点直後の数分間に観るべき対象を一つだけ決め、それが頭の中に住みつくまで伴走していきます。失点直後の連続失点は、メンタルではなく、観る対象を持っているかどうかで、少しずつ減っていきます。
