
「ボールを見るな」「周りを見ろ」だけでは直らない
ボールウォッチャーへの助言として、もっともよく耳にするのは、「ボールばかり見るな」「周りを見ろ」「首を振れ」の三つではないでしょうか。
どれも、間違ってはいません。視線がボールに張りついている状態は、サッカーの試合ではたしかに不利です。空いたスペースは見えませんし、相手の動き出しにも遅れます。ボールが次にどこへ転がるかは、ボールそのものを観ているからわかるのではありません。これから「どこに行くか」を観ているから、先に動ける。そのほうが実態に近いはずです。
それでも、「ボールを見るな」「周りを見ろ」と言われ続けて、すんなり直る選手は多くありません。なぜでしょうか。
たぶん、こう言われている選手の頭の中では、こんなことが起きています。「ボールを見るなと言われた。じゃあ、どこを見ればいいのだろう。とりあえず首を振ってみよう。……でも、首を振っても、何が映っているのかよくわからない。やっぱりボールを見ているほうが安心だ」。
「ボールを見るな」は、何を見ないかの指示です。「周りを見ろ」は、見る範囲をぼんやり広げる指示です。どちらも、「いま、何を観るか」という対象を渡してはくれません。観る対象が決まらないまま視野だけを広げようとすると、人間の目は何にも焦点を結べません。そして結局、いちばん動いていてわかりやすいものに戻ってきます。それが、ボールです。
運動学習のエコロジカル・アプローチでは、技術を「身体をどう動かすか」だけの問題とは見ず、「環境のどの情報を手がかりにして動くか」という、知覚と行為の結びつきから捉えます(植田文也『エコロジカル・アプローチ』)。この見方に立つと、ボールウォッチャーは集中力や性格の問題というより、手がかりにする情報がボール一つに偏っている、という知覚の問題として捉え直せます。「何を観るか」があいまいなまま目を泳がせても、拾える手がかりは増えていきません。
つまりボールウォッチャーは、観る対象が決まっていないから、安全な場所=ボールに視線が戻り続けてしまうのです。直すとしたら、「観るな」を増やすのではなく、「これを観る」を具体的に、その場の局面に応じて伝える方向ではないかと思うのです。
観る対象を、局面ごとに一つだけ渡す
サッカーで上達していく選手の頭の中では、観る → 読む → 選択する という3段階が、ほぼ無意識に走っています(この3層の詳しい中身は、PILLAR記事「サッカーがなかなか上達しない原因はどこにある?」にまとめています)。観るは、いますでに起きていることを捉える段階。読むは、これから起こることを推定する段階。選択するは、観たもの・読んだものを根拠に、いま自分が取れる手の中から一つを選ぶ作業です。
ボールウォッチャーになっている選手は、この一つ目の「観る」が、ほとんどボールだけで埋まっています。観る対象がボール一つしかないので、読みも選択も、とても少ない情報を元に決めなくてはなりません。試しに、練習中に30秒だけ自分の視線を意識してみてください。その30秒のあいだに、観た対象は何だったでしょうか。3回ボールが動くあいだに、何回ボールから視線を外せたでしょうか。そうやって数えると、自分の目がどれくらいボールに張りついているかが、ぼんやりとした「癖」ではなく、はっきりした数字として見えてきます。
今の自分がどうなっているかがはっきりしてきたら、「ボールを見るな」と引き算するのではなく、その瞬間の局面に応じて、「ボールの代わりにこれを観てみよう」という対象を一つだけ足してあげましょう。一つだけ、からスタートすることが大事であり、必要以上に増えてしまうと混乱して何も観られなくなり、これまでの安全なやり方に戻ってきてしまうからです。
では、どんなふうに渡すか。ピッチで起きる状況を、ごく大づかみに4つに割ってみます。自分がボールを持っているとき、味方がボールを持っているとき、自分が守備に向かっているとき、自分が守備でカバーに回っているとき。
自分がボールを持っているとき。ここで観る対象を一つ渡すとしたら、「いちばん近い相手の体の向き」あたりが扱いやすい候補になります。寄せに来ているのか、半身で構えて遅らせようとしているのか、それとも下がりながら様子を見ているのか。相手の体の向きが見えると、ドリブルで前に出るか、預けるか、横にずらして時間を作るかの選択が、根拠を持って動き始めます。
味方がボールを持っているとき。観る対象は、「自分の前に空いているスペース」が候補です。味方の足元ばかりを観ていると、いつボールが来てもいいように構えるだけになってしまいます。前のスペースを観ると、そこへ走り込むか、相手のマークを引きつけて味方の前を空けるか、という二択が頭の中で立ち上がります。受けるための動きと、味方のために空ける動き。同じ「動く」でも、観ている対象が違うと、意味がまるで変わってきます。
自分が守備でボールに寄せているとき。観る対象は、「相手の利き足と、その先のパスコース」あたりが扱いやすいと思います。ボールだけを観て寄せると、抜かれるか、簡単に逃げられるかのどちらかになりがちです。相手の利き足側を切るのか、その先のパスコースを消すのか。観る対象が一つ決まると、寄せ方の角度が変わります。
自分が守備でカバーに回っているとき。観る対象は、「ボールではなく、自分のマークしている相手」になります。ここがボールウォッチャーの最大の落とし穴です。ボールに釣られてマークの位置を見失うと、相手は静かに自分の背後へ動きます。そして一本のパスで、簡単に置き去りにされてしまう。「カバーで観るのは、ボールではなく相手」。これだけで、失点の景色はずいぶん変わるはずです。
このように、どのような局面で何を観るか、を具体的に整理しておくことで、取るべき行動が明確になるので、迷いなく動き出すことができます。こうした積み重ねをする中で、ただ観るだけでなく、そこから次の動きを読み、そしてそれに対して自分が選択する、というかたちに少しずつレベルアップさせていきましょう。
自分が観るものを変えると、チームのリスクも変わる
ボールウォッチャーの話は、つい個人の癖の話として語られがちです。けれど、一人の観察によってチーム全体のリスクが変わっていきます。
たとえば、自分がカバーの位置にいるとき。観るのをボールから「自分のマーク」に切り替えた瞬間、相手のフォワードは「裏に抜けても見られている」と感じます。背後を取られにくくなれば、味方のセンターバックは前に出やすくなりますし、サイドの守備も、内側を気にしすぎる必要がなくなります。自分一人が観るものを変えただけで、チームの守備のラインの作り方そのものが、少し変わっていく。
攻撃でも同じことが起きます。自分がボールを持ったときに、相手の体の向きを観ていると、相手は寄せ方を躊躇するようになります。「この選手は、自分の動きを観ている」と相手が感じた瞬間、寄せの一歩目が遅れます。観られている、と気づいた相手は、自由に動けなくなる。観るという行為は、自分のためだけのものではなく、相手や味方の動き方まで変えてしまう、関係性の中の行為なのだと思います。
そして、さらには、自分に変化が生まれることによって、全体へ影響が及んでいきます。攻撃で「一人で打開しよう」としたり、守備で「自分一人がボールを観てしまう」と、チーム全体のバランスが崩れていきます。
そして、観る対象が身体に馴染んでいくまでには、少しずつ段階を踏みましょう。最初は、コーチや保護者に「いま何を観てた?」と聞かれて、ようやく「あ、ボールしか観てなかった」と気づく、少しずつ試合中に思い出せるようになる、やがてプレーの最中に自分で「いま何を観ているか?」と問えるようになり、最後には、問わなくても、その局面で観るべきものが自然に視界に入ってくる段階へと近づいていきます。
経験学習を研究してきた中原淳氏も、経験そのものではなく、経験を振り返るリフレクションの習慣が学びの質を分ける、と書いています。試合のあと、保護者やコーチが「今日は何を観てた?」と一言たずねるだけで、選手の頭の中で、観た対象がもう一度なぞられます。その一往復が、観察を習慣として身につけていく道のりになります。
ですので、ボールウォッチャーを直そうとするとき、「ボールを見るな」と指示するのではなく、まずは局面を一つだけ選び、「ここでは、これを観てみよう」という対象を一つ伝えてみましょう。それが習慣になってから、次の局面、その次の局面、と少しずつ広げていくことで着実に積み上がっていきます。
次の練習や試合で、観る対象を一つだけ決めてみてください。「カバーに入っているとき、自分のマークの位置を観る」でも、「ボールを持ったとき、いちばん近い相手の利き足を観る」でも、何でも構いません。一つだけ決めて、終わったあとに「観えていたか」を確かめてみる。「ボールを見るな」をいくら言われるよりも、ずっと早く、視線の景色は変わっていくのではないでしょうか。
参考
- 植田文也『エコロジカル・アプローチ――「教える」と「学ぶ」の価値観が劇的に変わる新しい運動学習の理論と実践』ソル・メディア(Amazon)
ここまで読んで、「観る対象を局面ごとに渡す、という発想はわかったけれど、自分の子(あるいは自分自身)にとって、いまの一つは何にすべきかは、まだはっきりしない」と感じた方もいるかもしれません。
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