
「首を振れ」と動作を足しても、なぜ変わらないのか
「受ける前に首を振れ」「準備しておけ」「もっと早く動け」。試合中、ベンチから何度も聞こえてくる言葉です。
これらは間違ってはいません。首を振っている選手のほうが、視野は明らかに広い。それは事実です。けれど、何度「振ろう」と思っても、言われた直後は振るのに、しばらくするとまた振らなくなる。あるいは、振ってはいるのに、受けた瞬間にはやっぱり慌ててしまう。そんな経験はないでしょうか。
動作は、その手前にある意図から生まれています。「首を振る」という動作も同じで、意図が元のままだと、外から動作だけを足しても、やがて元の意図に沿った動きへ引き戻されてしまいます。いま首を振れない、あるいは振っても活きていない選手の多くは、注意と意図が「ボールを受け損なわないこと」に向いています。受けることで精一杯で、受けた後どうするかまで意図が向いていない。その状態で「振れ」と動作だけを上書きしても、振る動作はやがて減るか、振っても目には何も入ってこない――動作は元の意図に引き戻され、長くは続かないのです。
つまり、変えるべきなのは首の動きそのものではなく、その手前にある意図にあります。「受け損なわないように受ける」から、「受けた後のことを考えながら受ける」へ。意図が、受けた後にまで向きはじめて、はじめて、首を振る動作にも中身が宿ります。
ここで大事なのは、反復のしかたです。動作だけを直そうとして、ただ回数を重ね、「今のはダメだった」と反省をくり返しても、意図がそのままなら動作は元へ戻るので、なかなか変わりません。熟達研究のアンダース・エリクソンも、量を重ねるだけでは熟達は進まず、「何を観察し、何を直すか」が明確な取り組みだけが質を上げると指摘しています。首を何回振ったか、何回反省したかではなく、何のために振り、何を観ようとしているか。その意図まで含めて見直しながら取り組みを反復していくことで、はじめて受ける前の準備は深まっていきます。
受ける前の準備とは、首の動作の量ではなく、ボールが届く前に「受けた後の絵」をどれだけ具体的に持てているか――言いかえれば、意図がどこを向いているか――の話なのです。
まず、いま自分が何を観て・読んで・選んでいるかを振り返る
では、その意図はどうやって向け直していくことができるのでしょうか。意図や注意の流れを変えていくためには、「こうあるべき」「こうすべき」という正しい意図や注意を指示したとしても、簡単に変わるものではありませんし、場合によっては意識しようとしてもなかなか変化が起こせずに自分を責めることにもなりかねません。
まずは、この流れがなぜ思い通りにいかないのか、今自分は何に注意や意図を向けているのかを、いったん振り返ってみましょう。いま自分は、受ける前に何を観ていて、何を読んでいて、何を選んでいるのか。できていないと自分を責めるのではなく、自分の“現在地”として観察してみます。
振り返ってみると、たとえばこんなことが見えてきます。「ボールばかり観ていて、マーカーは観ていなかった」「マーカーの位置は観たけれど、その先のスペースまでは読んでいなかった」「受けたあと前を向けるのか、それとも預けることになりそうか、まったく思い描かないまま受けていた」。そして、自分の今の注意や意図が明らかになってきたら、もう一歩だけ、その奥を覗いてみます。注意や意図は、たいてい何かの感情とつながっています。受けることで頭がいっぱいになるとき、その奥には「ミスして取られたくない」「奪われて責められたくない」「うまく収められなかったらどうしよう」という、ごく自然な不安が隠れていることが少なくありません。受けた後の絵が白いままなのは、技術が足りないからというより、注意がその不安のほうへ引っぱられて、先まで観にいく余裕がなくなっているだけ、ということもあります。だから、ここでもその気持ちを責める必要はありません。むしろ、「いまの自分は、取られるのが怖くて、足元ばかり観ていたんだな」と、その感情に気づいて、いったん認めてあげる。不思議なもので、怖さは見ないふりをするほど大きくなり、こうして確認し、受け止めることで、次への一歩を踏み出すことができます。
こうして整理ができてきたら、注意や意図を正しい方向に向けていく準備が整ってきます。ボールを受ける前に観ておくべき状況、そして次の展開を読み、どのような選択肢があるのか、を少しずつ考えていくようにしましょう。大事なことは、ボールが来てから観るのではなく来る前に観ておく、来てから読むのではなく来る前に読んでおく、来てから選ぶのではなく来る前に選んでおくことで、ボールが届いた瞬間には、選んでおいたものを実行するだけにしておくようにしましょう。
受ける前に「観る・読む・選択する」をすませておく
では、さらに具体的に、何を意識すればよいのか。「観る」「読む」「選択する」の順に見ていきます。
受ける前の 観る 対象は、ボールではありません。出し手の体勢(利き足にボールが収まっているか、詰められて窮屈か)、自分のマーカーの位置と体の向き(背中側か、横か、すでに足元を狙って前傾しているか)、その先に広がっているスペース(前か、横か、背中側か)、近くにいる味方の位置と相手の位置を捉えるようにしましょう。とはいえ、たくさんのことを観ようとし過ぎると、中途半端になってしまうので、「出し手の体勢」「マーカーの体の向き」「自分の前のスペース」――まずはこの3つを順に観るだけで、届く前の景色はずいぶん変わるでしょう。これらが見えてきたらさらに観察範囲を広げていきましょう。
読む のは、観たものから先を推定する作業です。マーカーがすでに足元を狙って前傾しているなら、彼は寄せてくる――寄せてくる相手の正面で前を向こうとするのは無理筋になります。逆に、マーカーがこちらに半分背中を見せて中継ぎのカバーに視線を移しているなら、寄せは一拍遅れる。その一拍が、前を向く時間になります。読むとは、こうして「この先どうなりそうか」を推し量りながら、頭のなかで自分の選択肢を一つずつ走らせてみる作業でもあります。前を向いて運べれば一気に前進できる、その代わり、もし寄せられて奪われれば自陣で数的不利を背負う。横の味方に預ければ前進は小さいけれど、失う危険も小さい。受ける前のこの短い時間に、選択肢ごとに「うまくいったとき得られるもの(リターン)」と「外したとき失うもの(リスク)」を、ざっと天秤にかけておくのです。そうして読んでおくと、ボールが届いた瞬間に選ぶ一手が、その場の勢いではなく、見積もりにもとづいたものになります。リスクとリターンをどう天秤にかけ、その精度をどう上げるかは、状況判断そのものの領域になります。
選択する のは、読んだもののなかから、いま自分が取れる手を一つに絞る作業です。リスクとリターンを天秤にかけたうえで、選ぶ基準を整理しておきましょう。特に確認しておきたいのは、「ミスや失敗に繋がらない手立てはどれか」、そして「相手に対する優位を、できるだけ保ち続けられる手はどれか」を基準に判断するようにしましょう。
まず土台になるのは、その手がボールを失う方向に転びにくいことです。たとえばマーカーが前傾して寄せてくる場面で無理に前を向こうとすれば、奪われて一気にピンチを招きます。それなら、背中側でいったんキープする、横の味方へ預けるといった「失わない手」を土台に置く。そのうえで、安全に収められる手のなかから、より優位を残せるものを選びます。前を向いて運べるのは相手より先に動ける見込みがあるから、預けるのは数で上回った味方を使うため――どの手も、その場にある優位を選んで使っているわけです。さらに大切なのは、一度優位を取って終わりにしないこと。選んだ次の瞬間にも優位が自分たちに残るのか、それとも相手に主導権が渡ってしまうのか、そこまで見て選べると、判断は安定します。
こうして考えられるようになることが、「受けた後の絵を先に持つ」ということの中身です。首を振るのは、この観察を成立させるための一つの動作にすぎません。振った時間に何が観えていたか、観えたものから何を読み、何を選んだか。そこまで言葉にできて、初めて「受ける前の準備」と呼べる作業になります。
受ける前の準備は、自分一人の話ではない
そして、受ける前の準備は、自分一人で完結する作業ではありません。自分の一手目が速くなれば、味方の動き出しも早くなる――受ける前の準備は、自分の動きがチーム全体に波及していく入口でもあるのです。
受ける前の準備を、観察の作業に変えていく
教育学者ドナルド・ショーンが言うように、熟達した実践者は行為のさなかにも自分を振り返りながら動いており、自分が何に注意を向けているのか、を観察しながら取り組むことで、それらが深まっていきます(その振り返りを全体・細部・流れの3つの視点で深める手立ては、結果を変える振り返りの技術もあわせて)。
多くの中高生の選手を見ていると、「受ける前の準備」が薄い選手の共通点は、首を振る回数の少なさという行動もさることながら、その行動の中身にあります。回数を増やすトレーニングだけでは、中身は濃くなっていきません。観る対象を具体的にしたうえで行動し、首を振ったあとに「いま、それは観えたか」と自分に問えるかどうか――そこが、伸びる選手と伸び悩む選手の静かな分かれ目になっています。
急ぐ必要はありません。次の練習で、受ける場面の前に観る対象を一つだけ決めてみてください。「出し手の体勢」でも、「マーカーの体の向き」でも、「自分の前のスペース」でも構いません。一つに絞って、終わったあとに「いま、それは観えたか」と思い出す。それが「観に行かなくても観えている」状態に近づいたら、二つ目を加える。その小さな繰り返しが、受ける前の準備を、首の動作から観察の作業へと、少しずつ変えていきます。
参考
- アンダース・エリクソン/ロバート・プール『超一流になるのは才能か努力か?』文藝春秋(Amazon)
- ドナルド・ショーン『省察的実践とは何か――プロフェッショナルの行為と思考』鳳書房 ※ASIN要確認
- 三輪建二『わかりやすい省察的実践』医学書院(Amazon)
ここまで読んで、「受けた後の絵を先に持つ、という言葉はわかったけれど、自分の子(あるいは自分自身)が次の練習で、どの絵から先に描けばよいのかは、まだ霧の中だ」と感じた方もいるかもしれません。
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