格闘ゲームが上達する考え方──差し合い・確反の前にある「観る・読む・選択する」

コンボや確反を覚えても勝てないのは、なぜでしょう

上達に悩むと、たいてい同じアドバイスに行き着きます。「コンボを覚えろ」「確反を取れ」「差し合いを覚えろ」。どれももっともで、間違ってはいません。実際、これらができないままでは戦いの土俵にすら上がれない場面もあります。

ただ、こうしたアドバイスは「ヒント」であって「答え」ではないように思います。コンボは、決められる状況が来て初めて価値を持ちます。確反も、相手が技を振ったと気づけて初めて成立します。つまり、どれも「使う場面を自分で見つけられること」が前提になっているのです。

ところが、いざ対戦になると、練習モードでは完璧だったコンボが出ない。相手のスキに反撃できず、逆にこちらが差し返される。その原因を「操作が甘い」「知識が足りない」と片づけてしまうと、本当に抜けている部分がいつまでも見えないまま残ってしまうのではないでしょうか。

差し合い・確反の「前」にある「観る・読む・選択する」

負けた場面を、少しだけ時間を巻き戻して観てみます。原因のない結果はありません。ミスが起きた瞬間ではなく、その一つ前、二つ前に、たいてい「種」がまかれています。

たとえば、こちらの技が空を切って、そこを刈られたとします。表面的には「差し返された」という結果ですが、その手前を辿ると、相手はまだ届かない距離にいたのに、こちらは届くつもりで技を振っていた。つまり、間合いを正しく観られていなかった、という一手前の出来事が見えてきます。空振りの正体は反応の速さではなく、相手との距離を読み違えたことだった、というわけです。

もう少し丁寧に分けると、差し合いで起きているのは、おおよそ三つのことです。まず、相手の状態を観る。いまの間合いはどれくらいか、ゲージはどれだけ溜まっているか、この相手はどんな癖で動くのか。次に、その情報から相手の次を読む。「この距離なら、そろそろ暴れてくるのではないか」と予測を立てる。そして最後に、リスクとリターンを見比べて一手を選ぶ。当たれば大きいが外せば刈られる技を振るのか、置いておくだけの技で様子を見るのか。

この「観る・読む・選択する」がつながって、初めて差し合いという営みが成り立ちます。逆に言えば、勝てないと感じるとき、その多くはこの三つのどこかが抜け落ちているのかもしれません。相手を観ずに自分の振りたい技を振っていないか。読みを立てずに、当たればラッキーという気持ちで手を出していないか。選ぶという意識がないまま、いつも同じ選択肢に頼っていないか。

興味深いのは、伸びる人ほど、一つの型を深く掘り下げているという点です。チェスから武術の世界へ移り、その両方で高みに達したジョッシュ・ウェイツキンは、技を数多く集めるより、一つの動きを底まで究めるほうが、応用の効く判断の土台になると説いています。格闘ゲームでも、新しいコンボを次々に覚えるより、一つの差し合いの形を深く観て身体に馴染ませるほうが、相手の一挙手一投足から「次」を感じ取る力につながるのではないでしょうか。深く観た一つが育つほど、読みも選択も精度を増していくのだろうと思います。

コンボや知識は「道具」、使うのは「判断」

こう考えると、コンボや確反、フレーム知識といったものの位置づけが少し変わって見えてきます。それらは強力な「道具」ですが、道具そのものが勝たせてくれるわけではありません。道具を、いつ・どこで使うかを決める「判断」があって、初めて活きるのです。

よく切れる包丁を持っていても、何をどう切るかがわからなければ料理は仕上がりません。確定反撃を知っていても、相手が技を振った瞬間に気づけなければ、その知識は使われないまま眠ってしまいます。道具を増やすことと、道具を使いこなすことは、じつは別の課題なのだろうと思います。

だからこそ、練習の取り組み方も変わってきます。心理学者のアンダース・エリクソンは、ただ長く繰り返すことと、上達につながる練習とを分けて考えました。効く練習とは、いまの自分の何が足りないのかをはっきりさせ、そこを狙って直していくものだといいます。「今日はコンボを100回」ではなく、「今日は、相手が飛ぶ前の予備動作を観て、それに合わせて対空を選ぶ」。直す対象が具体的であるほど、同じ時間でも身につき方が変わってくるのではないでしょうか。

そして、こうして得た判断は、こなすうちに少しずつ体に馴染み、意識しなくても選べるようになっていきます。数をこなすことと、一つを確かに達成して定着させること。その違いが、伸びる人とそうでない人を静かに分けているのかもしれません。

上達の「地図」で、いまの自分の位置を見る

ここまでを整理すると、上達というのは一枚の「地図」のように見えてきます。操作、知覚(観る・読む・選択する)、知識、戦術判断、メンタル、取り組み方。負けという一つの結果の裏には、この地図のどこかに原因が隠れています。

大切なのは、表面に出た「負け」を、そのまま原因だと思い込まないことのように思います。空振りして負けたなら、それは操作の問題ではなく、観る力の問題だったかもしれない。反撃できずに負けたなら、知識ではなく、気づく力の問題だったかもしれない。負けた場面を一つ選び、時間を巻き戻して「どこで種がまかれたか」を辿ると、自分がいま地図のどこでつまずいているのかが見えてきます。

一つだけ決めて、確かめてみる

練習をしていると、色々なことが課題に思えてくると思いますが、一度にすべてを変えることはできません。むしろ、あれもこれもと欲張ると、どれも中途半端になってしまいがちです。

まずは、一つずつ課題を決めてみましょ。たとえば「今日は、相手のゲージが溜まった瞬間に一度、間合いを取り直す」。あるいは「技を振る前に、相手がまだ届かない距離にいないかを一拍だけ確かめる」。そうやって一つに絞ると、勝ち負けとは別に、「決めたことができたかどうか」という新しいものさしが手に入ります。

そして対戦のあと、負けた場面を一つだけ選んで、時間を巻き戻してみる。あの空振りは、本当に操作のせいだったのか。それとも、その手前で相手を観られていなかったのか。この小さな確認を続けるうちに、地図の上での自分の現在地が、だんだん鮮明になっていくのではないでしょうか。上達は、大きな才能の一発逆転ではなく、こうした小さな「決めて、確かめる」の積み重ねの先にあるのだろうと思います。

もう少し具体的に、それぞれの力を掘り下げたい方へ、いくつか手がかりを置いておきます。

参考

  • ジョッシュ・ウェイツキン『習得への情熱―チェスから武術へ―』みすず書房(Amazon
  • アンダース・エリクソン/ロバート・プール『超一流になるのは才能か努力か?』文藝春秋(Amazon

ここまで読んで、「一人で自分の”つまずきの場所”を見つけるのは、なかなか難しいかもしれない」と感じた方もいるかもしれません。

「じょうたつの学校」は、フィジカルスポーツからe-sportsまで、競技や年代を問わず、選手とその保護者、指導者の方に向けた個別のスポーツコーチングサービスです。表に出た「負け」の手前にある本当の原因を一緒に辿り、いま何を直せばよいのかを、対話を通じて一つずつ言葉にしていきます。

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