サッカーの視野を広げる方法──「首を振れ」の手前にある“何を観るか”

「首を振れ」で止まると、視野は広がらない

サッカーで視野の話になると、ほとんど例外なく出てくるのが「首を振れ」「もっと周りを見ろ」という言葉です。指導の現場でも、テレビの解説でも、繰り返し聞かれます。

この言葉自体は、間違っていません。実際、強いチームの選手たちは、ボールを受ける前にとてもよく首を動かしています。プロの試合を上から見ていると、それがはっきり観えます。

ただ、ここで止まってしまうと、選手は「振る回数」を増やすことに意識が向きます。中学生・高校生によくあるのは、コーチに言われたとおりに、機械的にきょろきょろと顔を動かしてしまうケースです。回数だけ見れば、たしかに増えている。けれど、その動きが次のプレーにつながっているかというと、ほとんど結びついていない。

なぜでしょうか。それは、首を振るという「動作」だけが先に身についてしまい、振ったときに何を観るのかという「観察の中身」が、まだ空白のままだからです。

熟達研究で知られる心理学者アンダース・エリクソンは、漫然とした繰り返しでは技能は伸びず、「何を観察し、何を直すか」が明確な練習だけが質を上げると指摘しています。首振りに置き換えれば、「振る」という動作だけを繰り返しても、観る対象が決まっていないかぎり、観察の解像度はほとんど変わっていかない、ということです。

視野を広げるとは、見える範囲を物理的に拡大することではありません。むしろ「同じ景色の中から、どの情報を拾うかが変わる」こと――それが、視野が広がるという経験の中身に近いように思います。

そして、観るべき対象は、ピッチのどこに自分がいて、どんな局面にあるかによって、その都度変わります。首を振る前に、「いまの自分は、どの状況で、何を観に行くのか」を一つ決められるかどうか。視野の話は、本当はこの手前から始まるのではないでしょうか。

観る対象は、局面ごとに違う

ここからは、「何を観るか」の中身を具体的に開いていきます。サッカーをむずかしくしているのは、観るべき対象が常に一つではなく、いま自分が置かれた状況によって入れ替わる、というところです。

サッカーの試合は、大きく分けて「攻撃」「守備」「切り替え」の三つの時間でできています。攻撃と守備のなかでも、観るべきものはずいぶん違ってきます。自分がボールを持っているのか、味方が持っているのか。相手が持っていてボールに直接アプローチしているのか、それともボールから離れた場所にいるのか。一見ややこしいのですが、整理してしまえば、ピッチで起きていることはこの六つの状況のどれかに収まります。

それぞれの状況で、まず観ておきたい中身を、ゆっくり並べてみます。

自分がボールを持っているとき。最初に観たいのは、前方のスペースと、そこに走り出せる味方の有無です。「前に運べるか、前に出せるか」を最初の問いにする。ここを観てから、寄せてくる相手の体の向きと距離を観ます。前進が難しければ、後ろや横を観て、いったん預けることを選びにいく。順番がとても大事です。前を観る前に後ろを観てしまうと、たとえ前が空いていても、その情報は使われないまま消えていきます。

味方がボールを持っているとき。観たいのは二つに分かれます。一つは「自分はボールを受けに動くのか」を決めるための、自分のマーカーの位置と背後のスペース。もう一つは、「自分は受けないけれど、誰かのために空ける動きをするのか」を決めるための、味方の進みたい方向です。受ける動きと空ける動きは、別の動きとして並んでいて、その判断材料も別の場所にあります。

相手がボールを持っていて、自分がボールに近いとき。観たいのは、相手の利き足と体の向き、そして自分の背後にある「中央側のスペース」です。寄せに行く前に、まずどこを切るかを観に行く。「奪う」のは、その先の話です。

相手がボールを持っていて、自分がボールから離れているとき。観たいのは、自分がマークしている相手と、そのさらに先の「危険な場所」――ゴールに直結するスペースです。マーカーだけを観ていると、相手は背後を取りに動きはじめます。マーカーと危険な場所、両方を同時に視野に入れる立ち位置を、観に行きます。

ボールを失った直後(攻撃から守備への切り替え)。観たいのはただ一つ、「直前まで自分たちが空けていた背後」です。攻撃で前に出ていた分、後ろにはスペースが残っています。そこを最も速く埋めにいくか、それとも前で奪い返しに行くか。観てから決めるしかありません。

ボールを奪った直後(守備から攻撃への切り替え)。観たいのは、相手の守備陣形がまだ整っているかどうか、そして前方のスペースの広さです。前が大きく空いていれば速攻、そうでなければいったん落ち着いて保持する。これも、観てからの選択になります。

六つを並べると、「視野を広げる」という一言の中に、これだけの観察対象が詰まっていることが見えてきます。広さを広げるのではなく、いまの局面で観るべき一つを正しく拾いに行く。それが、ピッチの上での視野の広げ方の正体に近いのです。

「観る」が深いほど、読みと選択は静かになる

観る対象が決まると、そこから先の流れは自然と整っていきます。観る → 読む → 選択するの3層に分けて考えると、視野の話の足場がはっきりしてくる。ここで深掘りしたいのは、その最初――「観る」のほうです。

「観る」と一言で言っても、実は中身に層があります。たとえばパスを受ける前の一瞬。マーカーの「位置」を観るのは、もっとも浅い層です。次に観たいのは、相手の体の「向き」――どちらの足が前に出ているか、つま先がこちらに向いているか、肩がボール方向に開いているか。さらにその奥にあるのが、相手の「重心」です。重心がすでにこちらへ落ちていれば、寄せに来るのはほぼ決まっている。重心が逆に残っていれば、寄せるふりだけかもしれない。

位置 → 向き → 重心。観る対象の層が一つ深くなるごとに、読みの精度は静かに上がっていきます。逆に、表面の位置だけを観て急いで動くと、その先の読みは「たぶんこうだろう」という前提に頼るしかなくなる。動きが速くなればなるほど、観るの空白が選択の質を削っていく現象は、ここから生まれます。

運動学習を研究してきたリチャード・A・シュミットは、技能を磨くには自分が動いた結果をどう感じ取り、次に何を直すかという内側からの情報が欠かせないとしています。観察も同じです。観た結果を読みと選択につなぎ、選択した結果が実際にどう転がったかを観て、次に直す。この内側のループが回りはじめると、「観えてきた」という手応えが少しずつ出てきます。

視野が広い選手というのは、首を多く振る選手ではなく、観た情報を読みと選択に静かに通せている選手のことを言います。

そして、観るという行為は、不思議なことに、自分が動いた瞬間にチーム全体の景色を変えてしまいます。自分が一歩前に出れば、自分のマーカーは少し下がり、その後ろにいた味方には新しいスペースが生まれる。自分が首を振って観ているということ自体が、味方や相手の判断材料になっていく。視野は、個人の中で完結する作業のように見えて、実はチーム全体の景色を作る作業でもあります。

観察が頭の中に住みつくまでには、いくつかの段階があるように思います。最初は、コーチや親に「今、何を観た?」と言われて気づく段階。次に、「また聞かれそうだな」と先回りで観るようになる段階。そして、自分で「いま自分は何を観ているか」を試合中に問えるようになる段階。最後に、問わなくても、その局面の観るべきものが自然と目に入ってくる段階。

ここまで来ると、もう「首を振れ」と言われる必要はなくなっています。観るべきものが自然と頭の中に住みついていて、必要な瞬間に勝手に首が動いている、という状態です。

視野を広げたい、と感じたとき、まず観たいのは、自分自身です。「今日の試合で、自分はどの局面のとき、何を観ていたか」。そう問い直すところから、視野の話は本当の意味で始まるように思います。

次の練習で、観る対象をどうか一つだけ決めてみてください。「パスを受ける前に、マーカーの位置を一度観る」でも、「ボールを失った瞬間に、自分の背後を観る」でも構いません。一つ決めて、確かめる。視野は、首の動きではなく、観る中身のほうから広がっていくのではないでしょうか。

参考

  • アンダース・エリクソン/ロバート・プール『超一流になるのは才能か努力か?』文藝春秋(Amazon
  • リチャード・A・シュミット『運動学習とパフォーマンス:理論から実践へ』大修館書店(Amazon
  • 中原淳『経験学習入門』ダイヤモンド社 ※ASIN要確認

ここまで読んで、「観る対象を局面ごとに変えるのは理屈ではわかるけれど、いまうちの子(あるいは自分自身)にとって最初に決める一つが何なのかは、まだ霧の中だ」と感じた方もいるかもしれません。

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